7.巨大渦潮


 ガタガタンという、棚から桶が立て続けに落下した後で優志ミオンは目を覚ました。

 小さな窓から見えた景色は、凄まじい暴風雨。


 以前は、ここ“夢の世界グランアース”で眠りにつくと、現実世界へと戻されていた。しかし、魔王の力により夢と現実の一体化が進んだ今、眠りについても現実世界に戻ることはない。現実世界に戻るには、ミランダの力が必要だ。

 そもそもここが夢の世界なので、眠っても夢を見ることはない。


 そんな事より、今目の前で起きている事態だ。

 船内にはいくつも個室があり、優志ミオンたちはそれぞれ1人ずつ好きな部屋で眠りについていた。


 部屋の外から、微かに聞こえる嵐の音に混じって、声を荒げる稲村リュカの声が耳に入った。


優志ミオンー! やばいぞ! この船、でっかい渦潮に捕まった!!」

「ほんとですか!?」


 返事するや否や、部屋の窓から外を確かめる。


 渦潮の大きさは、想像を遥かに上回っていた。

 窓ガラスに弾丸の如く打ちつける雨粒により見えづらかったが、海面に真っ暗な地獄へと続く穴のような、渦の中心部が見えた。

 そこで初めて、船体が斜めになっていることに気が付く。それで棚の物が落下したのだ。

 “グランキャスター号”はすでに渦潮の流れに入り込んでおり、地獄の穴へと少しずついざなわれていたのだ。

 寝ぼけた頭と目が、いっぺんに覚まされた。


「……ません、皆さん! 何とか抜……出してみせ……す!」


 部屋のスピーカーから、雑音混じりで操縦士の声が放送された。


「みんな、部屋から出るな! 操縦士を信じて、どっかに掴まっとけ!」


 再び部屋の外から稲村リュカが大声を上げた。すぐに足音が遠ざかる。彼も部屋に戻ったようだ。

 暴風の音に混じり、悠木の悲鳴も聞こえた。


(どうしましょう……。段々と中心に近づいています……!)


 ベッドの端に掴まりながら、窓の外を見続ける。先程よりも、地獄の穴が大きく見える。

 このような展開は、優志まさしが昔よく見た漫画や小説でよくあったのだが、いざ実物を目の前にすると、経験したことのない恐怖感が込み上げてくる。

 このまま、海の藻屑となってしまうのか。

 ミランダを呼んで、逃げ出すか? だが、そうしたら苦労して手に入れた船がパーだ。いや、命には代えられないか——。


 まとまりのない考えが脳内を駆け巡り、どうにか落ち着こうといつものように深呼吸をしようとした、その時だった。


 真っ黒い渦の中心部から、赤黒い巨大な蛇のような頭がヌッと伸びたのが見えたのである。


「あれは……!」


 渦の中心から伸びる怪物の頭に見入っていると、バタンと部屋の扉が開かれた。同時に、凄まじい暴風の唸り声が優志ミオンの耳を貫く。

 振り向くと、びしょ濡れになったラデクとサラーの姿。


「ミオン様!! やっぱり渦を起こしてたのは【魔海まかいウツボ】だ! どうにかしてやっつけるよ!」

「早くー! ミオン様と力合わせてー、魔法で追い払うのよー!」


 まさか、魔物の仕業だったとは——。

 しかし、あのような巨大な魔物、本当に倒せるのだろうか。

 迷っている間に、近づいてくるのは死の足音。優志ミオンは覚悟を決め、ラデクたちと共に甲板に出ることにした。


「分かりました! 皆さんの命がかかってます。絶対、成功させましょう!」


 優志ミオン、ラデク、サラーは、打ちつける大嵐の中、甲板へと駆け出した。

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