5.船出へ


 消滅し、光となって天に昇っていったヴァンニー・ヴァンヴァニディーロ。その光は数多くの金貨となり、地面に降り注いだ。合計10,000ゴールドはあるだろう。

 そして残りの光がひとまとまりになると、何かを形作った。

 それは、ややカーブした刀身の剣となり、ゆっくりと舞い降りてくる。


「これは……!」


 優志ミオンがそれを手にした時、ラデクが声を上げた。


「これは【水竜すいりゅうつるぎ】! 水に棲む魔物によく効く剣だ!」

「……これからの船出に、ちょうどいいですね。海にもやはり、魔物がいるんですね」


 武器の種類も増えてきた。全部を持ち歩くのも大変なので、優志ミオンは便利屋さんを呼ぶことにした。


「ミランダさん!」


 見慣れた光に包まれながら、ミランダが8の字を描いて姿を現す。


「使わない剣を優志まさしくんの部屋に置いておけばいいの?」

「あ……私の部屋は窓ガラスが割れてますからセキュリティが不安ですから……ラデクくんの宿屋に預けるのはどうでしょう?」


 ラデクは「いいよ!」と言って、こくりと頷く。

 優志ミオンだけでなく他のみんなも、長らく使わない装備はミランダのワープゲートを通して、コハータ村の、ラデクが住む宿屋の物置に預けられた。


 ミランダが「じゃあまた何かあったらいつでも呼んでね」と言って消えた時、遠くから住民たちの声が聞こえてきた。


「勇者様たち、ありがとうございます」

「おかげで、あの大ナマズに港町を壊される心配は無くなりました!」


 駆け寄る住民たちに、眩しい笑顔を向けられる。

 ドヤ顔をしている猫月ゴマ、そっぽを向いている癒月以外は、住民たちに向けて頭を下げた。


「いえ、あれを止めなければ私たちも旅を続けられませんでしたから……。これから私たちは、この船で島を出ます——」


 優志ミオンは、時々稲村リュカたちに補足してもらいながら、魔王軍と戦う力をつけるべく“チャイ大陸”を目指すことを住民たちに伝えた。


「これを、持って行ってください」


 町長らしき老人が歩み寄ると、ゴールドが入った袋を渡された。

 さらに、食糧——日持ちする乾燥野菜、ドライフルーツ、冷凍肉、魚の缶詰など——の入った手押し車が3台ほど用意されていた。


「本当に、助かります。ありがとうございます」

「船の中に積み込まなきゃな。優志ミオン、ひと仕事だぜ」


 “グランキャスター号”の搬入口をラデクが開くと、そこに向けて食糧を載せた手押し車を順次搬入する。

 優志ミオンも手押し車を押してみるが、なかなかの重さだ。


「これ、結構きついですね……」

「オレに任せとけ!」


 横から蒼天ソアラがハンドルを奪い、力いっぱい押そうとする。


「はあ、はあ……!」

「ソアラさん、息切れが……」

「オレは大丈夫だ! 気にすんな……! ゼエ、ハア……!」


 ふと思い出す。蒼天ソアラは、命に関わる病——肥大型心筋症を患っているのだ。

 止めようとしたその時、先に猫月ゴマ蒼天ソアラを手押し車から引き剥がす。


「バカやろソアラ。お前はやっぱり大人しく入院しろ。とりあえずハールヤのジジイんとこ連れてくぞ」

「そうですね。ハールヤさんなら信頼できます」

「バカいえ! これくらい何てこと……!」


 抵抗する蒼天ソアラだったが、猫月ゴマの力には敵わない。


「ウチも心配やし、一緒に連れてくわ。優志まさしさん見送ったら、ミランダさん呼ぶで」


 先程の戦いの疲れもあり、既に蒼天ソアラはフラフラだった。蒼天ソアラ猫月ゴマ暁月スピカに支えられつつ、その場に寝かせられた。



 優志ミオン稲村リュカ、ラデクは力を合わせ、食糧品の搬入を完了した。

 その時、街道から女の子2人の声が聞こえた。


「あー! ここだここだ! 迷っちゃったあー」

「遅れてすみません。愛音あいねが寄り道するから……」


 悠木ゆうき愛音あいね雪白ゆきしろ友莉ゆうりが、遅れて到着。

 その後ろからは、彼女たちのサポーター——ミューズとピノが、飛び跳ねながら悠木と雪白を追う。


「悠木さん、雪白さん!」

「これが船かー! すごーい!」

「愛音、はしゃがないの」


 悠木たちを迎えた少し後、王子アルスも姿を現す。青いマントを翻しながら、優志ミオンたちの元へ駆けてきた。


「父から許しをもらえたから、一緒に行くね!」

「アルスさん! どこ行ってたんですか……。もちろん大歓迎ですが、急にいなくなって心配でしたよ」

「ごめんね。シジョー神殿に行く時に、はぐれちゃって。1人でお城に帰ってたよ」


 子犬のようにアルス王子がまとわりつくので、優志ミオンは少し困惑する。

 そして悠木のテンションは爆上がり。推しの北村きたむら修司しゅうじの同じ姿をのアルス王子とまた一緒に旅ができる嬉しさに、キャッキャとはしゃぎながら優志ミオンの周りを駆け回る。


「で……では、乗り込みましょうか」


 優志ミオンは困惑しながら、“グランキャスター号”を指差した。


「その前に、運転手どうすんだ。優志ミオン、お前船を運転できるのか?」

「あ……」


 肝心なことを忘れていた。

 非日常なことが続くあまり、大事なことに意識が向いていない優志。

 船を運転するだけでなく、海を渡るための知識、知恵なども皆無のまま、船旅に出ようとしていたのだ。


 だがその時、タバコの匂いが優志ミオンの鼻をくすぐった。


「……この煙……イングズさん!」


 “グランキャスター号”の元船長、イングズが、笑いながら優志ミオンの元へ歩み寄る。彼の隣には、ビシッとした青と白の縞模様になった服を着て、白い制帽をかぶった男性の姿。


「勇者ミオン、いよいよ出発だな。こいつは船の操縦士だ。10,000ゴールドで雇ってやってくれねえか?」

「あ、はい。喜んで!」


 先程倒した、ヴァンニー・ヴァンヴァニディーロから得た10,000ゴールドがある。その場で手渡すと、白い制帽をかぶった男性は「ありがとうございます! では宜しくお願いします」と言って丁寧に受け取り、頭を下げた。


 いよいよ、“チャイ大陸”を目指して船出である。

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