2.夢幻の大ナマズ


 ミランダから「もうみんな先に行ってるわよ。気をつけてね。行ってらっしゃい」と見送られ、ワープゲートで再び“夢の世界”へ向かった優志まさし


 虹色の光が消え、オトヨーク島の“フシミ港”に出た。

 ここからは再び“勇者ミオン”として、気を引き締めていかなければいけない。


 青空に筋雲が伸びる。穏やかな波の音が聞こえてくる。潮風が鼻をくすぐる。

 港では、全長30メートルほどのガレオン船“グランキャスター号”が、船出の時を今か今かと待っている。


「勇者優志ミオン、待ってたぞ」


 親友——稲村僧侶リュカの声。

 彼の近くには、初期からのパーティーメンバー——ラデク、サラーの姿。

 さらに、人間となった猫勇者たち——猫月ねこつきごま、暁月あかつきスピカ、蒼天あおぞらソアラが、無邪気に追いかけっこをしていた。


「皆さん! お待たせしました。あれ、悠木さんたちは?」

「ああ、あのカワイコちゃんたちか? まだ来てないな。この世界にスマホは持ち込めないから、連絡もできない。待つか?」

「そうですね。しばらく待ちましょうか、いなちゃ……いや、リュカ」


 猫月ゴマたちも優志ミオンに気付き、「にゃーお」とゴキゲンな声を上げて挨拶する。

 駆け回る猫人間たちを見ながら、平穏なひと時を堪能していた、その時。


「きゃあああああ!!」


 悲鳴と共に、凄まじい波飛沫の音。

 直後、「ギャオオオン」と、空気を震わせるようなけたたましい鳴き声が優志ミオンの鼓膜に響いた。


「皆さん、行きましょう!」

「おう! 猫月ゴマたちも遊んでないで、行くぞ」

「ったく、何だってんだよ!」


 いつの間に現れたのだろうか。グランキャスター号のすぐそばに、大きな黒い影があった。

 巨大な、ナマズだ。


「いけません! 船が!」


 巨大ナマズは、これから優志ミオンたちが乗り込む船、グランキャスター号にのしかかろうとしている。

 傾いていく船。このままでは乗り込む前に沈没してしまう。


「おいラデク、あの怪物は何だ?」


 猫月ゴマが、ラデクに尋ねた。ラデクは魔物に詳しい。


「あれは……【ヴァンニー・ヴァンヴァニディーロ】だ。こんな陸地の側に現れるなんて……」

「ヴァン……何て!?」

「ヴァンニー・ヴァンヴァニディーロ……」

「ええい、覚えれねえよ!」

「名前なんかええねん! 船が壊されるで!!」


 暁月スピカの声に気付いた優志ミオンは、思い切って声を上げ、パーティーのみんなに指令する。


「相手は大きな魔物ですが……力を合わせて倒しましょう!」


 各自、戦闘態勢に入った。


「行きますよ、皆さん!」

「ああ。回復はこのリュカに任せとけ」

「僕の剣技だと不利だな。相手は水属性だ。サラー、土属性の魔法で頼む」

「おっけー、ラデクー。覚えたばかりの【アースクエイク】、試してみるわー」

「暁闇の勇者・ゴマ! 行くぜ、ナマズ野郎!」

「暁光の勇者・スピカ! 無茶したらあかんで、ゴマもソアラくんも!」

「オレの勇者の力、見せてやる! 雲外蒼天うんがいそうてんの勇者・ソアラ!」



 優志ミオンたちに気付いたヴァンニー・ヴァンヴァニディーロは、のそのそと陸に上がってきた。


 ブシュウッと破裂するような音がしたと思ったら、水飛沫と共に、積み上げられていた木製のコンテナが粉々に砕け散った。


「うわわわ!」

「見ろよ優志ミオン、あのナマズ、鼻水で攻撃してきやがる」


 鼻の穴から、凄まじい水圧の水鉄砲を放ったのである。


なんや、きもちわる! ナマズの鼻水とか、喰らいとうないで!」

「皆さん、来ます!」


 陸に上がってきたヴァンニー・ヴァンヴァニディーロは、のそのそと優志ミオンたちの方に迫ってくる。

 その黒い体には、バチバチと音を立てて白い閃光が走っていた。


「触ったら感電するぞ。遠くから魔法で攻撃するんだ!」


 ラデクの指示を受け、サラーは杖を構える。


「ラデクくん、あの魔物の弱点は何でしたっけ」

「土属性! ミオン様、“プチクエイク”を覚えてたよね。その上位魔法、“アースクエイク”使える?」

「わ、分かりませんが……一か八か、やってみます!」

「使えるなら、サラーと一緒にやってみて!」


 話している間に、大ナマズはまたも鼻から水鉄砲を吐き出した。


「うわああ!」

「ああー、“アースクエイク”を放つ隙もないなんてー」

「遅いんだよテメエら。ボクが始末してやる」


 猫月ゴマは剣を構え、向かって行った。だが次の瞬間。

 ヴァンニー・ヴァンヴァニディーロは信じられぬほどの速さで、その巨体を持ち上げた。

 太陽は巨体に隠され、優志ミオンたちのいる場所に、巨大な影が広がった。


「うお!? やべえ!」

「つ……! 潰されちまう!」


 ナマズの巨体が、優志ミオンたちの所に降ってくる!!

 が、その時——。


「“女神の誘惑”!」


 聞き覚えのある女性の声が響いた。

 ヴァンニー・ヴァンヴァニディーロは、その場で動きをピタッと止める。

 目をハート形にさせた巨大ナマズは、のそのそと情けない動きで元通りの体勢に戻すと、海へと戻っていった。


「間に合ったわね……」


 そこにいたのは、かつて共に戦った、金髪にツインテールの美少女——。


「あ、あなたは……!」


 “ピア・ヒーリング”——癒月ゆづき星愛ティアだった。

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