37.魔王恐るべし


 優志ミオンは気付いた。黒い渦が現れ、ギョロリとした目玉が覗き込んでいたことに。


「皆さん、今、何者かが覗き込んでいました……」

「ん? 何もいねえじゃねえか」


 しかし、もう一度見てみると、そこあったはずの目玉は忽然と消えていた。


「今、確かに……大きな目玉みたいなのが覗き込んでいたんですけど……」

「何もいないじゃん。気のせいだよきっと!」

「んー? ミオン様、疲れてるんじゃないー?」


 ラデクもサラーも、見ていないらしい。稲村リュカは「いつもの優志ミオン様の天然だな、ガハハ」と笑い飛ばし、猫月ゴマ蒼天ソアラ暁月スピカも一緒になって笑い声を上げている。

 笑われていると、本当にただの気のせいのような感じがしてきて、優志ミオンもつられて笑った。


「ふふ、やはり私は疲れているみたいです。ひとまず、コハータ村にでも向かって休んでから、船出といきましょうか。焦っても仕方がないですから」

「そうだね。お母さんにも会いたいし」

「ラデクのとこでー、美味しいご飯もみんなで食べましょー!」


 優志ミオンたちは始まりの地、“コハータ村”へと帰還した。


 ♢


 一行は、まず宿屋を訪れた。

 扉を開け中に入ると、懐かしい木の香りが鼻をくすぐる。

 すぐに、ラデクの母メルルが姿を現した。顔色が以前よりも良くなっている。


「おかえりなさい、ラデク」

「お母さん! 足、もう治ったんだね!」


 ラデクはメルルに駆け寄り、抱きついた。メルルに頭を撫でられるラデクは、以前より一回り大きくなったなと優志ミオンは感じる。


 

 装備を脱ぎ、温かいお風呂に入った後は、食堂で、特製ハンバーグやグラタン、ピザなど豪華な洋食で腹を満たす。


 この後どうするかを話し合ったが、それぞれ一旦元の世界に帰り、英気を養おうということになった。


「じゃあな、優志まさし! 次からは勇者同士、よろしくな!」

「ソアラくん、帰ったら一回病院行きやー? ほな、ウチらはニャンバラに帰るわー! ゴマもしばらく会われへんけど、寂しかったら言いやあ? ほなねー!」


 蒼天ソアラ暁月スピカはミランダに猫の姿に戻してもらい、ワーフゲートに消えていった。


「じゃあゴマは俺と一緒に帰るか。愛美も心配してるだろうしな!」

「そーだな。メルさんやルナたちと久々にのんびりしてえからな。じゃあな優志まさし!」


 猫月ゴマも猫の姿に戻り、稲村リュカに連れられてワープゲートへと消えていく。


リュカいなちゃん、また愛美さんによろしくです。お互いゆっくり休みましょう」

「リュカのおじちゃん、またねー!」

「ゴマくんもー、よく休んでねー」


 残ったのは優志ミオン、ラデク、サラー。

 ラデクはこのまま自身の家である宿屋にとどまり、サラーはもう少し宿でゆっくり過ごしてから家に帰るようだ。


「2人とも、ゆっくり休んで下さいね。私は……」


 優志ミオンも元の世界に帰ろうと思ったが、その前に1つ確かめたいことがあった。

 

「……マーカスさんの所へ向かってから帰ることにします。ではまた、船出の時にお会いしましょう」


 ラデクとサラーは、満たされたような笑顔を見せながら手を振り、見送ってくれた。



 ふうと息を吐き、冷たい夜風に吹かれながらマーカスの家へと向かう。

 明かりがついていたので、迷わずそのまま玄関の扉へと向かい、ノックした。


「おお、勇者ミオン様。お帰りなさいませ」


 出会った時と同じ、普段着姿のマーカスが迎えに出てきたが、途端、渦巻くようなエネルギーを感じた。優志ミオンは身体が火照り、何とも心地良い感覚になることに気付く。

 マーカスは、“賢者”になったことを思い出した。

 賢者ならではの貫禄のあるオーラをまとったマーカスは、着ているものは同じでも、雰囲気はまるで別人のようであった。



 優志ミオンは、さっそく気になっていたことを尋ねる。


「マーカスさんから教えていただいた、勇者の技……“ドルチェ”、“サンデー”、“パフェ”。この技は、魔族の技だったんです……。失礼を承知でお尋ねしますが、このこもはマーカスさんもご存知なかったのでしょうか……」


 マーカスは無言で、優志ミオンについてくるようにジェスチャーをした。

 案内された場所は、狭く埃臭い書庫。

 

「そのことは、ワシも知らなかった。預言者ミーニャが書いたこの【伝説の書】には、確かに勇者は“ドルチェ”を使うと書いてあったはずじゃが……」


 言って、本棚から取り出した“伝説の書”を開くマーカスの目からは、嘘偽りなど感じられない。

 マーカスが、とあるページを開いたその時だった。


「……うわ!」

「……こ、これは何と……」


 優志ミオンの体全体が青白く発光し、その光は“伝説の書”を眩く照らした。


 目を凝らして見ると、勇者の技として書かれていた“ドルチェ”、“サンデー”、“パフェ”の文字が禍々しい黒紫色の光となって浄化されるように消えてゆく。

 消えた文字の場所には、真の勇者の技——“フォルテ”、“フォルテシモ”、“スフォルツァンド”の文字が浮かんできた。


「これは……魔族によって、上書きされておったようですじゃ。それと知らずにワシは……。申し訳ありません、勇者ミオン様……」

「いえいえ……。魔族の呪いは“シジョー神殿”で解いてもらえましたので、大丈夫ですよ。……やはり魔王の力で、私は魔族にされかけていたのですか……。恐ろしい……」


 マーカスは、震える手で本を閉じ、“伝説の書”をそっと本棚にしまう。

 優志ミオンは息を呑んだ。魔王ゴディーヴァ——油断ならぬ相手である。より一層気を引き締めて、今後の冒険に臨もうと強く思ったのだった。


 ♢


「もう、お帰りになるのですか?」

「はい。船出に向けて、一度ゆっくり休んでおこうと思いまして。これからもまたお世話になると思います。“賢者”マーカスさん、今後ともよろしくお願い致します」


 マーカスの家を後にした優志ミオンはミランダを呼び出し、ワープゲートでようやくアパートの自室に帰ったのだった。

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