36.真の勇者の技


「おめでとうございます、【雲外蒼天うんがいそうてんの勇者・ソアラ】様。新たな人生に、祝福を!」


 晴れ渡る青い空のような色合いの、小型の鎧。同じ色の兜に、円形の盾。右手には、ガードの部分が鳥の翼のような形をしたつるぎ

 “雲外蒼天の勇者・蒼天あおぞらソアラ”、誕生である。


「ソアラくん……! カッコいいですよ!」

「ありがとよ、優志まさし……そりゃあ!」

「うわっ!」


 優志ミオンは駆け寄ったが、蒼天ソアラは剣を鞘にしまうと、突然、拳を突きつけてきた。

 咄嗟に、優志ミオンは盾で防御する。


「……っと、びっくりしましたよ、ソアラくん」

「おおー! 拳も使えるんだな! てことは、“500万馬力猫パンチ”も使えるのか! 武闘家の時の強さに勇者の強さがプラスされたってことだな!」


 無事に“勇者になる”という願いが叶い、すっかり上機嫌な蒼天ソアラを見て、優志ミオンは安堵のため息をついた。


「そうだ、オレも、優志まさしが使ってる“サンデー”とやら、使えるかな!?」

「“サンデー”!? まさか!」


 さっきまでじっと様子を見ていたオルガが突然口を開き、立ち上がる。


「勇者ミオン様。ちょっと、じっとしていてください!」

「あ……はい!」


 オルガに言われるまま、優志ミオンは直立不動になる。


「やはり……。勇者ミオン様、あなたは呪われております。こちらにおいでなさい」

「……やはりそうなのですね。“サンデー”は“魔族の技”だって、サーシャさんが言ってました……」

「勇者ミオン様、今から呪いを解いてさしあげます。無料ですので、どうぞご安心ください」


 仲間たちの方を振り向く。稲村リュカの「さっさと行って来い」との声が聞こえた。



 銀色の髪を靡かせながら先導するオルガの後をついていく。薄暗い廊下。神殿の最奥にある小さな扉に先に入っていったオルガは、優志ミオンも続いて入るよう促した。


 扉を閉めると、何の音も聞こえなくなった。

 そこは1畳ほどの狭い部屋。小さな椅子があるだけ。

 椅子に座るよう言われた優志ミオンは黙って従い、無心で腰を下ろした。


「そのままじっとしていて下さいね……」

「……はい」


 赤、オレンジ、黄色、緑、青——数秒毎に色を変える光に包まれている。

 身体から、何か重苦しいものが出ていくような、段々とスッキリしていくような感覚が続く。


「もう大丈夫です。立ってみて下さい」

「何となく……スッキリしました」


 身につけている装備が、とても軽く感じる。心のモヤモヤもスッキリと晴れ渡り、気持ちが良い。


「勇者ミオン様。本当の“勇者の技は——【フォルテ】、【フォルテシモ】、【スフォルツァンド】なのです」

「フォルテ……ですか」

「さあ、戻りましょう」


 優志ミオンは、すっかり軽くなった心と身体に感動しながら、オルガに導かれて仲間たちのいる場所へと向かった。

 薄暗い廊下の先に、光の射し込む水色の空間が見え、水の流れる音が聞こえてくる。


「ミオン様! もう大丈夫なの?」

優志ミオン! 呪いはちゃんと解いてもらえたか?」


 優志ミオンは、心配そうにする仲間たちに、微笑みかけた。

 もう、大丈夫。

 呪いも解け、気分もスッキリした。これからは心機一転、気を引き締めて“新しい世界——海の向こうへの旅に出ようと決意した。


「真の“勇者の技”、試してみてはいかがですか? そこの広場なら周りに何もないですから、心ゆくまで試し撃ちをしてください」


 オルガに促され、優志ミオンは早速“勇者の技”を試す。

 “獅子の剣”を引き抜き、天に掲げた。


「“フォルテ”!」


 剣の先から煌びやかな白い光が放たれ、神殿の床に当たった瞬間、フラッシュのように辺りが真っ白になった。

 光が薄まる。目を覆った猫月ゴマが口を開いた。


優志まさし、何だよこの技は! また強くなりやがって!」

「見ましたか、ゴマくん。これが真の勇者の技ですよ」


 優志ミオンは、少し得意げだった。これからの戦いが、楽しみにすら思えてきた。


「ハハハ、こいつは凄いや。頼りにしてるぜ、優志ミオン。さあ、用も済んだし、行くか?」

「みんな、ありがとよ! オレ、ますます頑張るから!」

「あ、待ってください」


 帰ろうと促す稲村リュカ蒼天ソアラを止めた優志ミオンは、つかつかとオルガの方へと歩み寄る。

 マイルスからは、勇者ミオンは転職出来ないと聞かされていたのだが、ダメ元で尋ねてみたくなったのだ。


「私も……転職できたりしますか?」

「勇者をやめるというのですか? それはなりませぬ。そなたには大切な使命があります」

「やはり、ダメですか……」


 戦士、魔法使い、僧侶、武闘家——せっかく、ここでしか楽しめない様々な職業があるのに。

 心底残念がっていると、稲村リュカに肩をぽんと叩かれた。


「お前は主役なんだよ。1番オイシイんだからさ。元気出していこーぜ!」

「……そうですね。……では、オルガ様、ありがとうございました」

「「「ありがとうございました!」」」

「んにゃ、ありがとよ銀髪のねーちゃん」


 みんな揃って(猫月ゴマだけ遅れていたが)オルガに礼を言うと、彼女は静かに微笑んで、玉座へと戻っていった。


 ♢


 神殿の外に出た途端、遠くで車の走る音や、踏切の音、救急車のサイレンが耳に入る。現世に帰ってきたような感覚を覚えた。


「なあ、目指すのは“チャイ大陸”だっけ? 地図見せてよ」

「あ、はい。えーっと……」


 ラデクに地図を見せるため、優志ミオンは、鞄の奥を探る。

 イングズからもらった海図は、マーカスからもらった地図同様ぐしゃぐしゃになり、破れかけてしまっていた。


「オトヨーク島より遥か西方……か。結構長い船旅になりそうだね」


 みんなで地図を見ることに集中していた時、優志ミオンはふと気配に気付く。

 振り向いて見ると、優志ミオンの後ろに小さく黒い渦が現れ、ギョロリとした目玉が覗き込んでいたのである。

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