35.さよなら、猫拳士よ


「ソアラくん! ハールヤ先生のところへ行きましょう! きっと治してもらえますよ! 私の胆石でさえ、ここまで良くなったんですから!」


 優志ミオンはしゃがみ込んで提案するが、ソアラは顔を背けながら尻尾を振った。


「行ったら……きっと入院だろうな! 入院なんてしたら、猫月相棒が心配だ! 猫月相棒は、オレの力無しだと全然ダメだからな……!」

「何言ってんだ! テメエは大人しくしとけ!」


 猫月ゴマがソアラの頭を押さえ込む。その表情は真剣だった。しかしソアラは耳をプルプルと動かしながら訴える。


「発作は滅多に起きねえから、そんなに心配ねえっての! それに、誰しも死ぬときゃ死ぬんだ! 入院して何も出来ないまま死ぬなんて、オレはごめんだぜ!」

「こないだの獣医さんは何も言うてへんかったのん!?」

「……別の病院で入院しろとは言われてた! でもその時点ではみんなに黙っててくれって、言っといたんだ……!」


 ソアラの気持ちも汲みたい。優志ミオンは反論しようとする猫月ゴマ暁月スピカを制止した。

 ソアラはそっとお座りの姿勢を取ると、窓の外に見える青い空を見上げて呟いた。


「死ぬ前に……一度、“勇者”ってのをやってみたいんだよな!」


 だったら、あそこに行くしかない——。

 優志ミオンは提案する。


「じゃあ、ソアラくんを勇者にさせるため、“シジョー神殿”へ急ぎましょう!」


 ♢


 パーティーメンバーは優志ミオンの提案と説得を受け入れ、ニジョー城よりやや北方に位置する、小高い丘に建つ“シジョー神殿”へと向かうこととなった。


「悪いな……! オレのワガママを聞いてもらって……!」

「マジで、無理すんじゃねーぞ。ほら、“生命の水”飲め」

「具合悪くなったら、ちゃんと病院行くんやで?」


 ソアラは猫月ゴマに抱えられながら、メンバーたちに心配の声をかけられている。“生命の水”を口にすると少し顔色は良くなるが、病気そのものは完治することはないらしい。“生命の水”ですら、気休めに過ぎないほどの重病なのだ。

 今、魔物に襲われたら大変なので、優志ミオンは地図を見ながら極力安全な道を選択し、“シジョー神殿”へと向かった。

 

 やがて、小高い丘の上に建つアラビア風の建物と、そこにつながる長い階段が見えてくる。軽く100段は超えているだろう。


「これ登るのかよー! オジンの俺にはきついぜ……」

いなちゃんリュカ、若さを保つために階段を上って足腰を鍛えましょう」


 元気にスタコラと階段を上っていくラデクや猫月ゴマたちの後ろで、オジサン組はひいひいと息を切らす。


 どうにか上り切って息を整え、景色を見渡すと、なんとも美しい景観が広がっていた。

 聳える双子山に、ウキョーの街並み。反対側には繁華街モヤマ、その向こうに小さく見えるコハータ村、そして“生命の巨塔”。

 さらに向こうに目をやると、遠く遠く広がる大海原。太陽の光がキラキラと反射している。水平線の向こう側には、どんな世界が待っているのだろう——。


「おい、早く中入るぞ」

「あ……はい!」


 猫月ゴマの呼び声にハッとし、優志ミオンは先頭に立って、“シジョー神殿”の大きな両開きの扉を引いた。


 別世界のような静けさ。水の流れる音。高い天井からは陽の光が射し込んでいる。

 長い石畳の道が真っ直ぐに続いており、左右に透き通った水が流れる水路が造られていた。壁は全体的に水色がかっている。

 透き通るような美しい景観に、全員が思わず口を閉じてしまった。ただただ、真っ直ぐ進む。

 コツコツ、と足音が響く。


「そういえば……アルスさんはどこへ行ってのでしょう?」

「ん……? あ、本当だ。どっかで迷子になったのか?」


 いつの間にやら、アルス王子がいない。

 優志ミオンは思い出す。彼は子犬のように落ち着きがなかったことを。

 サミュエルを捜しに行ってしまったのだろうか——。


「気がかりですが、今はソアラくんのことが先です。行きましょう」

「そうだな」


 優志ミオンたちは、再び足を進めた。


 行き止まりに、煌びやかな宝石を纏ったブラウスを身につけた銀髪の女性が、玉座のような椅子に座っていた。

 両手を膝に置き、微笑みを湛えている。

 彼女は優志ミオンたちに気がつくと、一礼してからそっと立ち上がり、口を開いた。


「あなた方も、転職をご希望でしょうか? お名前をどうぞ」


 ソアラはもぞもぞと猫月ゴマの腕の中で動く。


「わかったわかったソアラ、暴れるんじゃねえ」


 猫月ゴマは、女性の前へと歩み寄った。ソアラは猫月ゴマの腕の中で顔をブルブルと震わせてから、ひょこっと顔を出して宣言する。


「オレの名はソアラだ! オレ、勇者になってみたいんだ!」


 喋る猫にも動じず、女性はソアラに微笑みかけた。


「承知いたしました。お支払いはPAIPAIパイパイをご利用なさいますか?」

「PAIPAI……ですか」


 優志ミオンはいつもの癖で、ポケットの中を探る。

 PAIPAIは、現実世界で使われているはずの電子マネーである。優志ミオンもスマホでPAIPAIを使って支払いをしているのだが、今は手元にスマホがないことに気付く。


「PAIPAIをご利用でなければ、現金でお支払いも可能です。その場合少し割高になりますが……。8,000ゴールドです」


 その値段にパーティーメンバーはギョッとするが、今さら後へ退くわけにもいかない。


「ソアラくんのためです、皆さん、お願いします……。海岸で倒した魔物からゲットしたぶんのお金もありますから……」

「すまねーな! オレだけのために!」


 優志ミオンは頭を下げた。ソアラも猫月ゴマに抱かれながらこくりと下を向く。

 すぐに、仲間たちの温かな声を耳にした。


「俺たち仲間だからさ! ソアラくんのためなら安いもんだよ」

「ええよええよ。今はソアラくんの願い、叶えたげえや」

「僕は賛成だよ」

「そうねー、また魔物を倒して貯めればいいのよー」


 ホッとして頭を上げると、猫月ゴマの腕から飛び出したソアラが、虹色の光に包まれ始めていた。

 瞬く間に、人間の姿——蒼天あおぞら ソアラとなる。


 彼は、笑っていた。光を放つように。しかし蒼天ソアラが笑うほどに、着実に忍び寄る病魔という名の影もまた、存在感を示しているのを優志ミオンは感じた。

 こうしてる間にも、残された寿命が目減りしていくのだ——。


 優志ミオンはすぐに、8,000ゴールドを、女性に渡した。


「私の名は、【オルガ】と申します。では、私の前に立ってください」


 蒼天ソアラは緊張した面持ちで、オルガの前に移動した。


「ではソアラ様。勇者の気持ちになって、お祈りください」


 オルガの言葉を受け、蒼天ソアラは跪いて両手を組んだ。

 優志ミオンたちもまた、両手を組んで蒼天ソアラの転職成就を願う。


「この世界の全ての生命を司る神よ! この者に、新たな人生の祝福を!」


 蒼天ソアラが身につけている道着が、空色に輝きを放ち始める——。

 やがてその光は、青みを帯びた鎧、兜、剣、盾となり、蒼天ソアラの身体に装着されてゆく。


「すげー!! 勇者だ! 剣とか盾とか、使ってみたかったんだよな!」


 立派な“勇者”となった蒼天ソアラが、ここに誕生した。



————


※ お読みいただき、ありがとうございます。

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【次週予告】


次週でSTAGE4、完結です。

次章からいよいよ、船旅が始まります!


☆本当の勇者の技を習得! 優志ミオンにかかっていた恐ろしい呪いとは?


☆現実世界に帰っていた悠木と雪白に起きた事件、それは一体——?


☆優志、久々に病院へ。健康と向き合うために考えさせられた、大切なこととは——?


36.真の勇者の技

37.魔王恐るべし

38.その頃、猫戦士たちは

39.現実世界での再会

40.死生観

41.魔族として


どうぞ、お楽しみに!

 

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