34.病魔の奇襲


「そんな……僕ちゃんが……。それにヴィットも……。サーシャに操られてただなんて、知らなかったビー」


 ショックを受け、その場に座り込むチビサクビーを見た優志ミオンは、これから起こり得る最悪のパターンを想定し、口にする。


「チョコレートがある限り、魔王軍たちは何度でも生き返らせることが出来るのですか……」

「でもこの能力スキルを持ってる当のサーシャは、死んだんだ。安心しろ。ホントは真っ先に潰しとく相手だったな」


 サーシャは死んだという猫月ゴマの言葉を聞いたアルス王子は、悲しげな顔を浮かべながら窓の外を眺めた。敵とはいえ、一目惚れした相手である。

 優志ミオンは、そっとしておくことにした。


「でもさ、サーシャ以外にもその能力スキルを持ってる魔族がいるかも知れないだろ。気を抜いちゃダメだよ」

「まーどっちにしろ、ブッ潰せばイイだけだ。ニャハハハ!」


 ラデクの忠告を、猫月ゴマは笑い飛ばす。

 

 チョコレートがある限り、魔族は復活する。一体どうすればいいのか。

 ふと、優志ミオンはマイルスが「魔族は紫色の血を流す」というようなことを言ってたのを思い出す。しかしヴィットもサクビーも、またその前に倒したオレオ、ノワルも茶色い体液——つまりチョコレートの血を流していた。彼らもみんな、サーシャが作り出したのだろうか。


 以前の戦いでサーシャがを流していたのを、優志ミオンは微かに覚えている。

 おそらく、サーシャは本物の魔族なのだろう。


「チビサクビーさん、サーシャに作られた後のこと、よかったら話してくれませんか?」


 優志ミオンはしゃがみ込み、尋ねた。


「チビは余計だビー……。まあ、作られた存在だって分かった以上、魔王軍に従う理由はないビー。順序立てて話すからちゃんと聞くビー」


 少しほっとした優志ミオンは、みんなをチビサクビーの周りを囲うように座るよう促した。


 チビサクビーは、丸々とした手をぴょこぴょこと振りつつ、魔王軍にいた時の記憶を語り始める。


「僕ちゃんは作られたことなんか知らなかったから、いつの間にか当たり前のように魔王軍で働いてた……というのが正直なところだビー」

「その時のサーシャさんの様子などは、覚えてたりしませんか?」


 サーシャはどんなふうにサクビーたちを作り、操っていたのか。サーシャ以外にもチョコレートで操り人形を作る者はいるのか。

 何とかして聞き出したいところである。


「全然、操られてるような感覚はなかったビー。それにサーシャの奴、記憶喪失になったとか言ってたビー」

「記憶喪失……ですか」

「もしかして、チョコレートでお前らを作ったこと、忘れてんじゃねえか!?」


 蒼天ソアラが口を挟む。


「分からないビー。サーシャの奴、狡賢ずるがしこいところがあるから……記憶喪失のフリしてるだけだったのかもビー」

「んー、サーシャ以外にチョコ人形を作る能力のある奴がいるかどうかは分かるか!?」

「そんなの分かるわけないビー! それよりお前、本当にソアラだビー?」


 チビサクビーが話題を変えようとしたところで、猫月ゴマの眼が赤く光る。


「……あ。ソアラのことは後にするビー。“邪竜パン=デ=ミール”ももう倒したんだビー?」

「はい、もう随分前に、倒しました」

「サーシャも死んで、魔王ゴディーヴァ様……いや、ゴディーヴァも相当お怒りだろうと思うビー」

「ゴマくんが操ってるとはいえ、サクビーさん自身は……私たちと一緒にいていいのですか?」


 チビサクビーがまた魔王軍として悪さをしないか確かめておこうと、優志ミオンは尋ねた。


「さっきも言ったけど、僕ちゃんが魔族じゃないと分かった以上、魔王軍として戦う意味はないビー。さっさとゴディーヴァを倒して、平和な世界にしてほしいビー」


 その言葉にホッとした時だった。

 突然、蒼天ソアラが胸を押さえ、横向きに倒れる。顔面は青白く、冷や汗が流れ、床に滴り落ちている。


「ソアラさん!? どうしたのですか!?」

「おいソアラ! 大丈夫かよ!」

「ちょ、どないしたん!? しっかりしいや!」


 猫月ゴマ暁月スピカ蒼天ソアラの体を揺すると、突然蒼天ソアラは光に包まれ——猫の姿へと戻った。


「あー!! ソアラだビー! ……ソアラ! お前どうしたビー!? しっかりするビー!」


 チビサクビーがちょこちょことソアラの元へと駆けつける。


「へへ……お前とまた勝負したかったんだが……それは叶わなさそうだ……!」


 ソアラはぐったりと体を横たえ、ヒゲを動かしながら弱々しく言葉を発した。


「どーいうことだビー! そんなの許さないビー!」

「ちゃんと説明するぜ……!」


 優志ミオンはそっと、ソアラの背中をさすってやる。


「無理なさらず……! 話すなら落ち着いてから、話してください……」


 息が整ってから、体を横たえたままソアラは説明を始めた。


「オレ……“肥大型心筋症”っつう、命に関わる病気にかかってるんだ……! 不治の病だ! もう先は長くない……! みんな、黙ってて、悪かったな……!」


 1つ言葉を発するたび、息を整えるソアラ。

 絶句するパーティーメンバー。


「いつ終わっても、おかしくねえ命なんだ……!」


 だから、瘴気を食らったときに、意識を失うほどにまで重症化したのか——。

 優志ミオンは「なんで黙ってるんだバカやろ……」という猫月ゴマの呟きを耳にしたのち、何とか助ける方法がないものかと、回らぬ頭で考え始めた。

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