31.夢の世界の秘密


 ワープゲートをくぐり、久々に訪れた繁華街“モヤマ”。

 ビルが立ち並び、電信柱が張り巡らされ、舗装された道路には車が走る。以前にも増して、現実世界のような街へと化していた。


 長らく帰っていない、元の現実世界はどうなっているのだろう——。

 優志ミオンは不安を抱える。そのことも含め、マイルスに相談するのだ。


「サーシャって子、綺麗だったのになー」

「王子様よぅ、サーシャは魔族だってのに。それにもう崖に挟まれて死んだんだ。さっさと忘れようぜ」

「サミュエルも行方不明になっちゃったし。今は次のやることに集中するしかないかぁー」


 後ろで駄弁るパーティーメンバー——稲村リュカ、アルス王子、ラデク、サラーの声を聞きながら、優志ミオンは彼らを先導した。


 その時、ふと疑問が浮かぶ。アルス王子は現実世界においての、男性アイドルグループ“ジョーカー&プリンセス”のメンバー、“北村修司”のそっくりさんである。

 彼は、北村修司本人なのか? 北村修司が現実世界で見ている夢の中で、アルス王子となっているのか? だとしたら、優志ミオン稲村リュカと同じように現実世界の記憶も持ち越しているはずだが、アルス王子にそんな様子はない。“埴輪男子”のメンバーである宮元文矢そっくりであるサミュエルも、同様である。

 振り向き、メンバーにじゃれついているアルス王子を見る。


(後で、本人に聞いてみますか……。いや、マイルスさんにこのことも尋ねてみましょう)


 思い直し、再び前を向いた。


 街が現実世界風に変わっていても、道筋は以前と同じだ。木々と畑に囲まれた和風の一軒家であるマイルスの家へは、迷わずに到着することができた。

 銀髪の老人——マイルスは、和装姿で庭木の剪定をしていた。相変わらず背筋はしゃんと伸びている。


「こんにちは、マイルスさん。お久しぶりです」

「……おお、勇者ミオンか。ふむ、随分と勇者の風格が出てきたな。仲間も増えたか。まあ、入れ」


 優志ミオンたちは招き入れられ、以前と同じように、囲炉裏の周りに座るよう指示された。



 出された温かいお茶を口に含み、喉に通す。古くからある祖父母の家のような独特の匂いとお茶の味が鼻腔をくすぐり、思わずホッとした気持ちになる。


「魔王の力により、夢と現実の境目がなくなってきておる。もはやこの世界も、夢ではないと言えるかも知れぬ」


 囲炉裏の反対側に座り、目を瞑りながら一方的に話すマイルスに、優志ミオンは勇気を出して質問を口にした。


「あの……! 現実世界と夢の世界を行き来する時は、それぞれの記憶を持ったままなのが普通なんですよね……?」


 ちら、とアルス王子の方を見るが、彼は目をぱちくりとさせ、首を傾げていた。


「夢の中と現実を行き来する時……記憶を無くす者もいる」


 マイルスは頷きながら目を瞑る。


「厄介なのは、夢と現実が一体化した時、その者に何が起こるのかが分からないことだ。現実のその者の記憶、夢の世界での記憶、どちらかが失われることもあるかも知れぬ」

「そんな……」


 アルス王子は相変わらず頭にハテナマークを浮かばせている。

 もし彼が“北村修司”だとして、片方の記憶がなくなってしまえば——北村修司としての人生か、アルス王子としての人生いずれかが失われてしまうも同然。

 事の深刻さに眉を顰めた時、稲村リュカが別の質問をする。


「夢の中で受けた傷ってのは、そのまま現実に残るんでしょうか? ってか、もし夢の中で、死んでしまったら、どうなるんですか!?」

「夢の世界で命尽きると、現実世界においても命尽きてしまう」


 思わず「マジか」と口走る稲村リュカ優志ミオンも、魔物が蔓延るこの世界の危険さを思うと、背筋がゾッとするのであった。

 夢の世界で死ねば現実世界でも死ぬという事実を知ってしまった以上、今後はより一層気を引き締めて冒険を続けなければいけない。


 他にも、魔族がチョコレートだった話など、今まで経てきた冒険の道筋を、5人みんなで伝えた。


「今までの魔族とは違う……それだけははっきりしておる。対処法は、正直わしにも分からぬ」


 マイルスは今まで見せたことのない、険しい表情を見せる。

 優志ミオンは、マイルスからの強い視線を感じた。思わず姿勢を正す。


「勇者ミオン、まだ魔王と戦うには早すぎる。焦ってはならぬ。船を手に入れたというのなら、【チャイ大陸】を目指すと良かろう。そこに、修行にうってつけの場所がある。海図を渡しておこう」

「“チャイ大陸”……ですか。船を下さった船長さんからも、同じところに行くように言われました」


 “チャイ大陸”。船で目指す先は、これで決まりそうだ。


「もう1つ。仲間の【職業】を変えたいなら、【転職】をなさるとよかろう。【シジョー神殿】へ向かうが良い」

「職業……? 転職……ですか? この世界にも、転職エージェントがあるのですね。私は居酒屋勤務でしたが、早く転職したいと思ってました」


 稲村リュカに、「違う違う、夢の世界での“職業”の話だよ。“戦士”とか“魔法使い”とか」と耳打ちされる。


「要は“戦士”を“魔法使い”に、あるいは“武闘家”を“僧侶”に、などだ。ちなみに、勇者ミオン、お主は転職はできぬ」

「えっ!? できないんですか!?」

「お主は、“勇者”という使命がある。転職したいと言っても、受け入れてはもらえないであろう」


 戦士や魔法使いもちょっとだけ体験したかった優志ミオンは、少し残念な気持ちになったのであった。

 ちなみに優志ミオン以外の者は、勇者に転職することも出来るらしい。


「マイルスさん、ありがとうございました!」

「くれぐれも、気を引き締めて冒険せよ」


 マーカスの家を後にした優志ミオンたちは、ひとまず猫月ゴマたちを迎えに行くことにした。

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