30.恋の病


 星猫戦隊コスモレンジャーの間で行方不明になったとされていたヴィーナスとポコは——夢の世界“オトヨーク島”で、美少女魔法戦士“ピア・チェーレ”となって、優志ミオンたちと共闘していたのだ。



 夜は更けてゆく。大きな赤い下弦の月は、水平線に沈もうとしている。


 フン、とそっぽを向きながら目を瞑る癒月——ヴィーナス。


「今更“さん”づけなんてやめて。はあ……。ポコ、あんたにみたいにすんなり好きな人と幸せになりたいとか、別に思ってないから」

「僕だってすんなり幸せになった訳じゃないよ。……それよりさ、この先どうする?」


 美少女の姿になってしまったポコ(♂)が、腹が立つほどに可愛らしく首を傾げてみせた。


————


 以前、星猫戦隊コスモレンジャーの仮説基地にて、優志まさしと、人間になった猫月ゴマたちがミランダのワープゲートで夢の世界に旅立った。

 ヴィーナスとポコはその様子を見ており、ポコが「僕も人間になってみたい」と漏らした。するとどこからか、青いモフモフとオレンジ色のモフモフ——ロウとクマーンが現れ、虹色の光——ワープゲートを出現させる。


「え、何? うわああ!」

「な、何よこの光! まだミランダを呼んでないのに!」


 ワープゲートの光は、ポコとヴィーナスを包み込む。

 気づけば、“天下一武術大会”が行われた競技場のある街“ウキョー”付近の森へと飛ばされていた。

 何が起きたか分からぬまま、飛び跳ねるロウとクマーンの存在に気付く。


「ガウガウ!」

「ここは夢の世界“グランアース”だくま。君、そんなに人間になりたいなら、叶えてあげるくま。その代わり条件があるくま——」


————


 ヴィーナスは黙ったまま、沈みゆく赤い月を見つめる。


「急に異世界に飛ばされてびっくりしたよね。まさかここが、夢の中の世界だなんて。しかもそれが、魔王の力で現実と一体化しようとしてるだなんてね。ニャイフォンも無くしちゃったし、ソールさんたち心配してるだろうな……」

「あんなの放っときゃいいのよ」


 ヴィーナスたちをワープさせた当人、ロウとクマーンは、バッグの中ですやすやと寝息を立てている。


「私にとっては、ゴマに近づく絶好のチャンスよ。スピカより私の方がいい女だってこと、絶対分からせてやるんだから。それにしても、ゴマも人間の姿になって……別にもっと好きになったとかは思ってないんだけど」

「心の声が出ちゃってるよ。それよりも、一度帰らなきゃダメだよ」

「嫌よ。私はこの後もゴマたちについてくから! あー、ソアラもほんと邪魔。相棒だか何だか知らないけど、ゴマのことを一番理解してあげられるのは、この私だけよ」

「また一人で喋ってるよ……ソールさんたちも心配してるし、ユキや子供たちのところにも帰りたいから、僕はもう行くね」


 天ノ河ポコはロウを軽く揺さぶって起こすと、ロウは機嫌悪そうにグルルルと唸り声を出す。数秒後、天ノ河ポコが光に包まれると、元通りの黒猫の姿になった。


「気が向いたら帰っておいでね、ほんとに。それじゃあね」


 ポコはそう言葉を残し、ロウが作り出した虹色のワープゲートへと姿を消す。ヴィーナスは小さな声で「ありがと」と呟いた。


 虹色の光が消えると、赤い月も完全に沈んでしまっていた。肌寒い夜風が吹く。


「はあ……」


 ため息が出る。

 他の猫との連絡手段である“ニャイフォン”は、ポコと同じく紛失中。

 ゴマと、メッセージアプリ“NYAINEニャインでやりとりするのが楽しみだったのだが、今はそれも叶わない。


 ヴィーナスは、ゴマとのメッセージをピン留めしている。着信が来ると、心臓がトクンと跳ねる。

 他の猫からの着信だった時は思わず「ゴマじゃないのね」と口にしてしまう。

 ゴマを想い始めて以来は、全然興味の欠片もない雄猫ばかりからNYAINEが来て、配信活動に夢中のゴマからは全くNYAINEが来なかった。


 普段、恋の悩みは比較的仲が良いマーキュリーが聞いてくれていたのだが、彼女も現在行方不明。そのため、やむなくポコに話している、といった感じだ。


「嫌よ。私がゴマにとっての特別でなきゃ……嫌」


 こぼすように呟いた時、後ろに何者かの気配を感じる。


「自分自身に、恋をするのだ。自分を大切に出来ぬものが、誰かを大切にできると思うか?」


 ハキハキとした、男性の低い声。

 思わず振り向く。暗くてよく見えないが、腰のあたりまである紺色であろう長髪、同じく紺色の口髭とあご髭をたくわえた、威厳を感じさせる初老の男性の姿があった。ソアラが着ているものとはまた別の、道着のような服を着ている。

 

「恋愛は“自分がどういう人間であるかを知るためのもの”。それができれば目的達成」

「誰よ、あなた……」


 癒月ヴィーナスは体を海の方へ向けたまま、気怠げに問うた。


「私の名は、【かなえ】。“恋の病”は、対処が早ければ早いほど治る。いずれ、また会おう」


 男性は言い残し、夜風に吹かれながら港町の方へ去ってゆく。


 “恋の病”。癒月ヴィーナスが罹患したそれは、治すことができるのだろうか——。



————


※ お読みいただき、ありがとうございます。

楽しんでいただけましたら、

★評価、フォローをお願い致します。



【次週予告】


☆マイルスによって、夢の世界グランアースの秘密がさらに判明する——。


☆今まで倒してきた魔王軍が、なぜチョコレートなのか? その理由が明かされる——。


☆別れは突然にやってくるもの——。ソアラがずっと隠していた病とは——?


31.夢の世界の秘密

32.宿敵の復活

33.チョコの傀儡

34.病魔の奇襲

35.さよなら、猫拳士よ


どうぞ、お楽しみに!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る