28.賢者誕生


「しごく……ですか」

「うん! しごくの!」


 アルス王子は、まだ高さが1メートルほどの“生命の巨塔”を両手で抱えるように触れながら、上下にさすりはじめた。

 すると“生命の巨塔”は徐々にではあるが、膨らむように大きくなってゆく。


「おお、これは……!」


 優志ミオンの心に再び、希望の光が宿り始めた。


「“生命の水”を少しずつかけながら、塔の外壁をしごけば、元通りになるはずだよ! ある程度大きくなったら人手もいるから、まだ元気な村の人呼んできて!」

「じゃあ俺が呼んでくる!」


 ラデクは大急ぎでコハータ村へ向かうべく、ダイゴの森へと駆けていった。


「ミランダさん、“生命の水”をまたワープゲートから少しずつ注いでもらえるよう、ロウさんとクマーンさんに伝えてもらえますか?」

「うん! すぐに伝えるわ!」


 優志ミオンはミランダがワープゲートに消えたのを確かめると、すぐにアルス王子の真似をして塔をさすり始めた。塔の外壁は苔むしていて、ヌルヌルとした手触りだ。

 塔の上に小さなワープゲートが2つ出現し、双子山から湧き出した乳白色の“生命の水”が今度は少しずつ少しずつ、注がれる。

 村人たちが到着するまで、優志ミオン稲村リュカ、アルス王子、サラーは、“生命の水”を塗りたくるように塔をさすり続けた。


 20分ほどのち、マーカスの声が耳に入る。


「勇者ミオン様ー! よくぞご無事で!」

「マーカスさん……!」


 マーカスの後ろには、20人ほどの村人たち。


「ワシらも“生命の巨塔”をしごけば良いのですね!」

「うおおー、やるぞ!」

「おうー!!」


 “生命の巨塔”の大きさはまだ1.5メートルほど。元の大きさに戻すには、まだまだ時間かがかかりそうだ。

 優志ミオンの後を追い、村人たちは塔の周りに群がると、こぞって塔の外壁をこすり始めた。

 掛け声を上げながら、ゴシゴシとひたすらに擦り続ける。


「……あれ? また小さくなり始めました」

「ストップ、ストーップ!」


 アルス王子の声で、村人たちは一旦手を止める。


「大事なことを伝えるのを忘れてたよ。“先ずは卵形になっている先端部の裏、筋模様がある場所を、優しき力で念入りにさするべし”って古文書に書いてあったんだ。……ここだね」


 アルス王子は、海が見える崖に面している塔の後ろ側に回り込んだ。そして自身の背丈と同じくらいの位置にある、卵形になった塔の先端部に走る縦の筋模様の部分を、両手で撫でるように優しく、さすり始めた。


 塔は赤い光を帯び始め、再び膨張を始める。


「力を入れすぎてもダメなんだ。さあ、みんなは塔の外壁をなるべく優しく、しごいてー!」


 アルス王子の合図で、村人たちは再び塔をさすり始めた。今度はなるべく、優しく、丁寧に。


「なるほど、コツが必要だったのですね……」


 優志ミオンも力加減に気を配りつつ、丁寧にさすり続けた。注がれる“生命の水”で、体はびしょ濡れである。

 無心にさすり続けていると、突如、塔がルビー色に輝き始めた。突発的に塔はムクムク膨張を開始し、優志ミオンたちは弾き飛ばされてしまう。


「うわあー!!」


 体を起こし、見ると——。

 塔はみるみるうちに巨大化していき、見上げられるほどの高さになっていた。周囲の草も目に見えて生長を始め、瞬く間にジャングルと化す。

 塔の左右にあった“ゴールデン・オーブ”も、太陽の如き輝きを放ちながら巨大化していく。


「おお、“生命の巨塔”が……!」

「復活しましたぞー!!」


 優志ミオンは「ロウさんとクマーンさんに、もう大丈夫ですと伝えてください」とミランダに対して念じた。

 塔の上部から“生命の水”が注がれていたワープゲートは閉じられ、優志ミオンの近くに別のワープゲートが出現。そこからミランダに続いて、ロウ、クマーンが飛び跳ねながら帰ってきた。


「ありがとうございます、ミランダさん、ロウさん、クマーンさん」

「ガウ!」

「いっちょ、あがりくまー」


 あっという間に高さ50メートル、直径15メートルにまで巨大化した“生命の巨塔”の先端から、“生命の水”が再び空高く噴き上げられ始めた。


「やったな、ミオン!」

「これで、今度こそコハータ村も大丈夫だな!」

「もうー悲劇を繰り返さないようー、魔王軍をー、倒さなきゃねー」


 稲村リュカ、ラデク、サラーはずぶ濡れになりながら、優志ミオンに笑いかけた。そっと頷いた優志ミオンは、青い空に向け高々と噴き上がる生命の水を眺めた。


「これでもう大丈夫だね、ミオン様! あ、僕これからもミオン様についていくから!」

「アルスさん……。いいのですか?」

「どうせお父さんも、帰ってこないって思ってるからさ!」


 アルス王子は優志ミオンの周りを子犬のようにまとわりつきながら、笑い声を上げた。



 優志ミオンは挨拶をしようと、視線をマーカスの方へ向けた。


「……え、マーカスさん! その姿は……」


 何とマーカスが、いつの間にやら純白のローブに水色のマントを身につけている。頭にはサークレット、数々の宝石が埋め込まれた杖を持っていた。


「賢者マーカスよ……」


 “生命の巨塔”から、厚みのある女性のような声が響く。

 優志ミオン始め、稲村リュカたちもアルス王子も、村人たちも揃って驚きながら、赤く輝く“生命の巨塔”に視線を向ける。


「そなたに、この島を守る使命を授ける……」


 “生命の巨塔”から発された言葉は、それが最後だった。

 【賢者】となったマーカスが、ゆっくりと優志ミオンに向かい歩み寄る。


「勇者ミオン様。この“オトヨーク島”のことはどうぞこのワシにお任せください。なので安心して、島の外の世界への旅をなさってください。この力、いざという時は勇者ミオン様のためにも使えましょう」

「マーカスさん……」


 もはやただの老父ではない、神々しいその姿と口調に、言葉を失ってしまう。


「今後のことは、ひとまずかつての勇者マイルス殿に相談なさるといいでしょう。頼みましたぞ、勇者ミオン様、そして仲間の皆様」


 賢者マーカスはそれだけ伝えると、村人たちと共にコハータ村へと戻っていく。


 優志ミオンたちはマーカスに言われた通り、マイルスの住む街“モヤマ”へと向かうことにした。


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