26.次なる仕事


 パイプの火を消したイングズは汗を拭きながら、優志ミオンたちに尋ねた。


「で、船に乗って行くあてはあるのか」

「はい、魔王の島へ……」

「ならん」


 優志ミオンが最後まで言い切らぬうちに、イングズは否定の言葉を発した。

 こうしている間にも、魔王の力は日に日に増していく。夢の世界と現実世界の一体化も進み、現実世界においても大パニックが起きてしまうかも知れない。急がねばならないのに——。

 優志ミオンの焦る心を制するかのような落ち着き払った動作で、イングズは懐から綺麗に畳まれた海図を取り出し、広げた。


「この海図を見よ」


 広げられた海図を見せられる。当たり前だが、見たことのない島や国、海域の名前が記されている。

 ラデクたちも優志ミオンの後ろからずい、と覗き込む。


 イングズは海図を指差しながら、タバコ臭い吐息と共に解説を始めた。


「ここが魔王の島、【ザッハートルテ】だ。だがここらの近海は嵐が起きやすく、常に荒れている。この船【グランキャスター号】だと、間違いなく転覆するだろう」


 “グランキャスター号”は、静かに波の上を揺れている。ところどころ修復した痕跡が優志ミオンの目に入る。イングズが率いていた海賊団“キャスター”も、想像を絶する厳しい船旅を乗り越えてきたのであろう。

 

「この海図を勇者ミオンにやろう。まずはここ、【チャイ大陸】を目指すのはどうだ。“チャイ大陸”にある街【シェイシェイ】には、戦士を鍛えてくれるがいる。彼と出会うといいだろう」

「勇者ミオン様ー!」


 イングズの説明を聞き入っていた時、港町の方から住民の声が耳に入った。

 振り向くと、10数人の住民たちが、慌ただしく駆け寄って来ている。


「ミオン様! ちょうど良かった! 今しがたコハータ村から連絡が入ったのですが、コハータ村の皆さんが次々と倒れられて……」

「“生命の巨塔”がだんだん小さくなってしまって、今にも消えてしまいそうなんです! 勇者ミオン様、何とかして下さい!」


 そうだ、人々の健康の礎、“生命の巨塔”は未だに破壊されたまま——。

 双子山を救って安心していたら、大切なことを忘れそうになっていた。


「急がねばなりませんね! でもどうやって直せば……」

「ええ、勇者ミオン様もご存知ないんですか!? ああ……神よ……」


 戸惑う優志ミオンに、絶望する住民たち。

 そこに猫月ゴマが「なあ、おい」としゃがれた声を上げる。


「だったらよ、あの双子山の“生命の水”を、塔にぶっかければいいんじゃねえか?」


 優志ミオンはポン、と手を打つ。


「そうですね。一か八か、やってみましょう!」

「おお、さすがは勇者ミオン様! 信じていますぞ!」

「ミオン様、ばんざーい!」


 優志ミオン一行はこぞって、遠くに聳え立つ双子山——アタゴ山とヒエイ山を眺めた。

 2つの山の頂から天高く、白き“生命の水”が噴き上がり、風に靡いている。


 イングズは少し離れた場所で、優志ミオンたちの様子を眺めていた。

 彼がふかすパイプの白い煙が、山頂の白き水飛沫とは反対方向へと靡いていた。

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