14.奇跡のゴマ


「オホホホホホホ……。騙されているとも知らずに、あなたは勇者の技だと勘違いして、その技を使い続けていたのですわ! “ドルチェ”、“サンデー”、“パフェ”は、魔族の技でしてよ。勇者ミオンさん、あなたはとうの昔に……魔族の呪いにかかっておりましたのよ!」


 高笑いするサーシャの声が、暗闇の峡谷に響き渡った。


「まさか……、そんなはずは……。マーカスさんは確かに、勇者の技だって言ってました……」

「あーら、【予言の書】でもお読みになったのかしらね。それも、ワタクシたち魔族が書き換えたとも知らず……オホホホホホ……!」

「そんな……」


 夢の世界“グランアース”に来た時から、既に魔族の呪いにかかっていた——。

 膝をつく優志ミオン。駆け寄ってきた稲村リュカに、「しっかりしろ!」と声をかけられる。


リュカいなちゃん……! 私のことはいいので……急いでバリアを張ってください……」

「分かってる! おーい、ピアなんちゃら……だっけ、もう一度バリアを張るぞぉ!!」


 稲村リュカ癒月ピア・ヒーリングに向け、大声を張り上げた。


「指図しないでちょうだい」


 言いつつも、再び指先から黄金色の光を放ち、魔法のドームを作り出す癒月ヒーリング

 稲村リュカも全身から温かなオレンジの光を放ちながら、魔法のドームを作ろうとする。だが、その形が出来上がらぬまま、オレンジの光は消滅。


「な……魔力切れかよ!」

「ちょっと! しっかりしなさいよね! ……と言いたいけど、私もダメみたい」


 癒月ヒーリングの作り出した黄金色の魔法のドームも形を崩し、闇夜の空へと虚しく消えていった。

 優志ミオンは消えゆく魔法のドームを見て、ギリリと奥歯を噛み締める。


「ダメって、じゃあどうすんだよ!!」

「うるさいわね。もうおしまいなのよ……」

「ふ……2人とも! 諦めないでください! 信じていれば、奇跡は起きるはずです……!」


 諦めかけている2人に、優志ミオンは回らぬ頭で励ましの言葉をかけた。

 が、稲村リュカは甲板に手をついてうずくまり、癒月ヒーリングは溜め息をついてただただ空を見上げる。

 悠木ラヴィング雪白フレンズに抱きついて体を震わせ、天ノ河ブレイヴは頭を抱えしゃがみ込んでいた。


 信じていれば奇跡が起きる——こんなありきたりの言葉、届くはずもない。でも——。


 優志ミオンは立ち上がると、両足でしっかりと地を踏みしめ、真っ直ぐにサーシャを見つめた。


「もうバリアは張れないようですわね。では、もう一度“パフェ”をお見舞いしてあなた方を潰し、アルス様をお父様のところへ連れて行きます。ごきげんよう、さようなら」


 優志ミオンを嘲笑うかのように、サーシャが再び、光の塊を溜め始めた時——。


「“デス・アースクエイク”!!」


 遥か遠くから響いてきたのは——猫月ゴマの声。

 数秒後。

 鈍い地響きののち、何かが爆発したかような音が突如として鳴り響き、繰り返し谷間にこだました。


「わ、わわわわ! 地震です! 皆さん、しっかり掴まってください!」


 思わず姿勢を崩し、這いつくばる優志ミオン


「気をつけろ!! 振り落とされるぞ!」

「きゃあーー!?」


 絶え間なく続く地鳴りとともに大地が激しく揺り動かされ、“ジャイアント・ディック”も大きく傾く。

 

「な……何が起きてますの……!?」


 サーシャの慌てた声が響く。放とうとしていた“パフェ”の光は、消えていた。


 ミシミシと響く、不吉な音。

 左右の崖が、目に見えて互いに迫ってきている。不吉な音の正体は、崖に挟まれていた“ジャイアント・ディック”が、少しずつ押し潰され始めた音だったのだ。

 装甲がひしゃげ、ヒビが入る——。


 優志ミオンは立ち上がろうとしたが、激しい揺れに足を取られ再び転倒してしまう。


「リュカ、掴まって。脱出するわよ」

「お……俺、重いけど大丈夫なのかよ!」

「気合いで何とかするわ」


 そんな中、癒月ヒーリング稲村リュカを背負うと、箒星の如く谷を渡り、アタゴ山側の崖上へと着地。

 悠木ラヴィング雪白フレンズ天ノ河ブレイヴも、それぞれがカラフルな光と化す。そして大きくジャンプして谷間を飛び越え、アタゴ山側へと着地した。


「ああああ! 飛田さんとアルスくんを置いてっちゃった!」


 悠木ラヴィングの声が、向こう岸から小さく優志ミオンの耳に入る。


「……大丈夫です。自力で行けます! 獅子奮迅フューリアス・クラッシュ!」


 優志ミオンは気合いで立ち上がり、子犬アルス王子をひょいと抱えると、祈りを込めて目を瞑る。

 やがて翠色の光に包まれ、勢いよく“ジャイアント・ディック”の甲板を飛び出した。エメラルドグリーンの彗星となった優志ミオン子犬アルス王子は、無事にアタゴ山側の崖上に着地。


 直後、谷間からはいくつもの破裂音がこだまし、土煙が上がる。

 “ジャイアント・ディック”のバナナ形の装甲は、歪な形に潰れてゆく。

 後方で合体している、さくらんぼ形飛行物体の2つの実は、原型を止めぬほどに完全にひしゃげてしまっていた。


 ニャハハハ、と豪快に笑う声が近付いてくる。

 

「どんなもんだ。ボクが地形を変えてやったぜ。これでその変な戦艦もオダブツだな、ニャハハ!!」

「ゴマくん!」


 猫月ゴマが、ドヤ顔で山道を駆け戻ってきた。


「ボクが“デス・アースクエイク”をブチかましたら、2つの山がデッカく膨らみ始めたんだ」


 崖が互いに迫ったのは、猫月ゴマが地殻変動を引き起こしたことにより、アタゴ山とヒエイ山自体が膨張し始めたためであった。


「ありがとうございます……! 助かりましたよ、ゴマくん!」

「やるなら今だぜ。あとはあの女をギャフンと言わせてやれ!」

「はい!」


 稲村リュカ悠木ラヴィングたちは崖から離れ、必死に木や岩に掴まっていた。子犬アルス王子は震えながら岩の陰に隠れている。

 大地の揺れは、収まる気配がない。


 優志ミオンは転びそうになりながら、稲村リュカたちの元へ向かおうとする。


「行きましょう! 皆さん……」

「待て、優志まさし

「わっ……!」


 猫月ゴマに手を引っ張られる優志ミオン。否応なく林の中へと連れ込まれる。


「な……何でしょう……?」

「最後の一撃は、お前が決めろ」


 猫月ゴマに渡されたのは——ずっしりと重い黒色のバックルと1枚のメダル。


「こ……これは……? ゴマくんが変身に使うアイテムでは……? なぜ私に……?」

優志まさし。それを腰に付けて、メダルをバックルにセットしろ。そして、“変身”って言うんだ」

「ま……まさか……」

「急げ!」


 優志ミオンは言われた通り、黒色のバックルを腰に装着してから、メダルをセットする。


「へ……変身っ!」


 思い切って口にすると、優志ミオンの体が、清涼な水色の輝きに包まれる——!

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