7.怒りのサーシャ


「あなた、軽いわね。もっと食べなさい」

「……それ、よく言われます。割と食べてるんですがね……」


 優志ミオンを背負った癒月ヒーリングは流星の如く谷間に飛び込み、そこに停留している皮の剥かれた巨大なバナナのような“ジャイアント・ディック”の上へと着地した。


 気づいた悠木ピア・ラヴィングが、息を切らしながら駆け寄ってくる。


「飛田さん! アルスくんが!!」

「悠木さん! 無事でしたか……!」


 雪白ピア・フレンズも、稲村リュカと共に、空中を浮遊するサーシャと攻防を繰り広げていた。


 優志ミオンは、“ジャイアント・ディック”の黄色い甲板(?)の上を走り、アルス王子の元へ向かった。

 アルス王子はやわらかなピンク色の光に包まれたまま、座り込んでいる。

 

「チッ……来ましたわね。ごきげんよう、勇者ミオン」


 空中からサーシャの声。振り向く優志。

 サーシャの後ろでは、巨大な桃形飛行物体がホバリングしている。


「面倒ですわ……。みんな仲良く、毒殺してさしあげましてよ!!」


 怒りの滲んだサーシャの声と共に、桃形飛行物体の中央部を縦に走る割れ目から、再び赤黒い瘴気が吐き出され始めた——。


「ううっ……へくしっ! ひくしっ! か、花粉症があああ」

「く……肩こりが……腕が動かない……」


 悠木ラヴィング雪白フレンズの持病が、瘴気によって悪化。戦闘どころではなくなってしまう。


「うう……何だか、戦うのが怖くなったよぅ……」


 天ノ河ブレイヴには、メンタルへ作用してしまったらしい。持ち前の勇気が、挫かれてしまったようだ。


優志ミオン! 遅いぞ! うぐ……頭が痛え……今頃になって二日酔い……? 何なんだ、この変なガスは!」

「いなちゃん! 大丈夫ですか……! ぐ……!」


 優志ミオン稲村リュカの元へと駆けつけようとするが、優志ミオン自身も脇腹の痛みが再発。

 そして、症状を治す“生命の水”は、この場には無い。


「へっくし、ひっくし!! ア……アルスくんは、何で平気なの!?」


 悠木ラヴィングの声に気付き、優志ミオンは振り返る。

 アルス王子は相変わらずピンク色の光に包まれながら眠っているが、苦しげにする様子はない。


「オホホホ……愛しのアルス様は、瘴気マイアズマの影響を受けないバリアを纏わせてますの。あなた方を抹殺した後は、アルス様を魔王城へ連れて参りますわ! さあ、ご覚悟はよろしくて?」


 サーシャは自身の武器“ロリータ・ホワイトステッキ”を翳し、魔力を集め始めた。

 禍々しい光が集まっていく。


「アルスくんは……私の最推しは……渡さないよ! ぶえっくし!」

「悠木さん! 危ないです!」


 優志ミオンは盾を構え、咄嗟に悠木ラヴィングを庇おうとする。


「飛田さん! ダメっ! きゃああ!!」


 サーシャは杖の先から、巨大な魔弾を優志ミオンに向け発射した——。

 ところが!


「任せなさい。“レスト・ハープ!” “ヒーリング・ミュージック”!」


 瞬時に、ドーム状の黄金色に輝くバリアが、優志ミオンたち全員を包み込む。

 魔弾はバリアに弾かれ、虚しくも消滅。


「助かりました! あれ……体が楽になりました」

「わあ、くしゃみが止まったよ!」

「あ……肩が楽になった。ていうか、誰……あの子?」

「おおっ! 勇気がもりもり湧いてきたぞーっ!」

「うお、何だ何だ? 俺以外にも癒しの力を使える奴がいるのか?」


 癒月 星愛ピア・ヒーリング——4人目の、美少女魔法戦士。

 彼女の癒しの力が、ピンチを救ったのである。


「別にあんたたちを助けたかった訳じゃないから。サーシャの悔しそうな顔が見たかっただけ。分かったんなら、さっさと戦いなさい」


 癒月ヒーリングは腕組みをして、顔を背けた。


「オ……オホホホ。お仲間が増えて楽しそうですこと。なら、1人ずつ潰して差し上げますわ。まずは……愛しのアルス様を付け狙うピア・ラヴィング! あなたからですわよ!」


 サーシャは不敵な笑みを浮かべ、悠木ラヴィングの元へと飛来。

 癒月ヒーリングによる黄金色のバリアを突き抜け、甲板に着地した。


「アルスくんには近づかせない! 私の推しは、私が守る!」

「悠木さん! 1人で戦ってはダメです……!」


 優志は忠告したが、悠木ラヴィングはサーシャの前へと駆けていく——。

 

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