2.ソアラ、瀕死
突如、競技場のグラウンドに魔物の群れがなだれ込んで来た。
グラウンドだけではない。観客席にまでも、無数の魔物たちが押し寄せている。
瘴気のせいで、戦えるはずの出場者は苦しみ、動けない。
そんな中、イングズが声を上げる。
「“生命の水”があるぞー! 早い者勝ちだ!!」
イングズは“生命の水”を、あらかじめ汲んでおいたらしい。
“生命の水”を飲めば、病が癒され、怪我も治る。真っ先に飲んだイングズの顔色はとても血色が良いので、瘴気による症状も抑えられることが分かる。
出場者たちは、まさしく火事場の馬鹿力でイングズの元へと向かった。我先にと、出場者同士が殴り、蹴り、血飛沫が飛ぶ。
「ミオン様! 先回りして汲んできたよ、生命の水!」
そんな中ラデクは、持っていた水筒に生命の水を満タンまで汲んできた。
頬が腫れ、服に血が滲んでいる。
「あ、ありがとうございます……! これで、魔物たちと戦えますね……!」
「ありがとうー、ラデクくんー。スピカちゃんとソアラちゃんにも飲ませなきゃねー」
1杯飲むだけで、優志を苦しめていた脇腹の痛みがスーッと引き、活力が湧いてくる。
ラデク、サラーもグイッと1杯飲み干す。
ラデクは喘息、サラーは貧血の持病があるが、瘴気によりそれらの症状が出る前に“生命の水”の癒しの力を得ることができた。
「ありがとうございます。私は遠距離攻撃で迎え撃ちますので、スピカさんとソアラくんは任せました!」
装備を観客席に置いてきてしまったので、魔法で魔物たちを迎え撃つ作戦に決めた優志だった。
ゴマは猫に戻ってしまったので、スピカとソアラを助けるには、サラーたちを頼るしかなかった。
「すまねえ……! 急いでその水をスピカとソアラに飲ませてやってくれ……」
尻尾を揺らしながら、声を震わせる。
サラーは、地面でぐったりしているスピカの口に、生命の水を少しずつ注いでいた。
「……んにゃあ……おおきに……。楽になったわ」
しっかりと目を開けたスピカ。顔をブルルッと震わせてから、体を起こした。
ゴマが慌てて駆け寄る。
「大丈夫か、スピカ! しっかりしろ!」
「ゴマ、あんたは大丈夫なんかいな」
「ボクはこんな屁みたいなモンにやられやしねえよ。それより、ソアラだ!!」
流石はゴマ、瘴気など屁でもないようである。
「ソアラ! しっかりしやがれ!!」
「ダメだ! 完全に気を失ってて、口に水が入らないよ……」
ラデクは何とかしてソアラに“生命の水”を飲ませようとするも、ソアラは依然として意識不明。口が閉じられて硬直しており、水を飲むことができない。
生命の水には限りがある。このままでは——。
「ソアラ……クソッ!」
ゴマはハッとして、脱ぎ捨てられたままの“猫月ごま”の服の方へと駆けていった。そしてポケットに入ったままの、ソアラからの手紙の存在を確かめる——。
♢
優志は、1人で100を超える魔物たちを、勇者の魔法“サンデー”で迎え撃っていた。
「ミオン様! 俺もやる!」
「私もー。全部やっつけましょー」
ラデク、サラーも戦闘態勢に入った。
残りは60匹ほどだろうか。優志の遠距離攻撃で、観客席にいる魔物はほぼ始末されている。
「【ヘドーラ】は土属性で、弱点は木属性! 【モクモックン】は火属性! 水属性と
茶色い泥の塊のような魔物、ヘドーラ。毒ガスを吐き出しながら空中を漂う、風船のような魔物、モクモックン。
「腕が鳴るぜ! 【
ラデクの、踊るような短剣さばき。ヘドーラが次々と切り刻まれ、光となって消えていく。
「水属性なら、これねー。【フリーズ】!」
サラーが構えた“ウィザードスタッフ”の先に、巨大な氷の塊が出現。それらは数個に分裂すると、空に浮かぶモクモックンたちに向けて真っ直ぐに飛んでいった。
数体のモクモックンに直撃、一気に氷漬けにする。
「後は頼んだ、ミオン様!」
「地面にいる敵をやっつけてー」
「わかりました!」
優志は心を落ち着け、ハールヤから教わった丹田呼吸を行う。息をゆっくり、吐いて吸う。“生命の水”のおかげで、瘴気を吸ってもなんともない。
「行きます! “エクスプロージョン”!!」
爆炎が巻き起こり、グラウンドの地面を抉る。
這いずり回っていたヘドーラは、炎と黒煙に飲まれ、一網打尽にされてしまった。
「やりました! ラデクくん、サラーさん! ありがとうございます……!」
そう言って一息つこうとした時、優志の目に奇妙な光景が映る。
近くにいたアルス王子の体が、ピンク色の光に包まれていたのである——。
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