56.チャンピオンの悩み


「ゴマくん! ソアラくん……! あわわ、大変です……!」


 倒れた猫月ゴマ蒼天ソアラを見た優志ミオンは立ち上がると、慌てて東側控え室の方へと向かった。


「あ、優志ミオン様!」

優志ミオン様ー! 待ってー!」

「ちょ、早よ追いかけよー! なぁー、ウチらも行くってー! 優志まさしさーん!」


 ラデク、サラー、暁月スピカも、大急ぎで後を追った。優志は、1人で先へ先へと行ってしまう。

 ふと、暁月はグラウンドの方を横目に見た。


「あ、見てみ! ゴマもソアラくんも、ちゃんと立てたみたいや!」

「ほんとだ! 無事で良かった!」

優志ミオン様、気づいてないねー。早く追いつきましょー」


 猫月は蒼天に肩を貸し、しっかりと支えながら、東側控え室へと少しずつ少しずつ歩みを進めていた。


 安心した暁月たちは走るのをやめ、息を整えながら東側控え室へ続く通路への扉をくぐる。

 通路を先に行った優志は、猫月たちの無事を知らず、東側控え室の扉の前で頭を抱えながら行ったり来たりを繰り返していた。


優志まさしさーん! 心配せんでええで! 2人とも気が付いて、もうすぐ控え室に戻って来るさかい」

「え、あ……ほんとに、良かったです」


 優志は、その場にへたり込んだ。


「ミオン様、ここで待ってようよ。出てきたら、思いっきり祝ってあげようよ!」

「そうねー、ラデクー。ゴマくんもソアラくんも、いっぱいぎゅーってしてあげなきゃー」

「サラー、それは別にしなくていいよ」


 顔を赤らめながら、頬を膨らませるラデク。

 優志はそんな彼らに構わず、へたり込んだままそっと呟く。


「……2人とも健闘しましたからね。私の分まで戦ってくれて、船の入手も決まりました。2人には感謝しなくてはいけませんね……。私など、まだまだ……」

優志まさしさんも、精一杯戦ってたんやん。充分や。顔を上げぇや」


 暁月は優志の肩を、ポンと優しく叩いた。

 本当に、良い仲間に恵まれた——。

 改めて、温かな感謝の思いが優志の心に満ちていくのであった。


 ♢


「ゴマ……! いい勝負だったな!」

「……だな。初めて、ちゃんと気がするぜ。怪我、大丈夫か?」

「ああ、こんぐらい寝ときゃあ治るぜ!」

「バカが。ちゃんと手当てしてもらえ」


 東側控え室——。

 チャンピオンと準チャンピオンが、互いに少し離れた位置で椅子に座りながら、戦いの余韻に浸っていた。

 観客席からの歓声も、控え室では全く聞こえない。祭りの後のような、シンとした空間である。


「ソアラよぉ」

「何だ、どーした相棒!?」


 声をかけるが、少しの間無言になる猫月。

 コイツになら、誰にも言えなかったボクの悩み、話せるかもな——だが、やっぱり勇気がいるぜ。チクショウ——。

 そんな心の抵抗が、思いを口にするのを押しとどめる。


「何だよ! 今更遠慮するような仲じゃねぇーだろ!? 気にせず話せよ!」


 いたずらっぽく笑う蒼天に促され、猫月は自身の悩みを切り出した。


「ボク、悔しくなると、熱くなりすぎて物事を冷静に見れなくなっちまうみてえだ……。そういう時に、さっきみてえにダメ出しされたらよぉ、何だろ、モヤモヤしちまうんだよ……」


 猫月が誰かに弱さを見せるのは、初めてのことかもしれない。彼女である暁月にすら見せない一面である。

 だが、蒼天はそんなことを全く気にしていないかのように、包帯で巻かれた左腕を右手で押さえながらニッと笑顔を見せた。


「みんな、そうなんだぜ!」

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