53.驕り


 西の空が、オレンジ色に染まってゆく。


 1人で観客席に戻ってきた優志ミオンに、暁月スピカが尋ねてきた。


「なんか大変なことになってるんちゃうのん? 優志まさしさんも行った方がええんちゃう?」

稲村リュカたちを信じましょう。さあ、ゴマくんとソアラくんの決勝戦ですよ!」


 優志は、不安感と責任感を誤魔化すようにそう返し、観客席に座った。

 暁月は曇った表情のまま、優志の隣に腰を下ろす。

 ラデクは、稲村がいなくなったことでホッとしたのか、居眠りをしていた。サラーの肩に頭を乗せながら……。


 ざわついていた観客席が、徐々に静かになる。

 決勝戦の時間が、近づいているためである——。


 ♢


 決勝戦開始まで、あと10分弱。


 トイレに行っていた猫月ゴマと、これから行こうとする蒼天ソアラが、鉢合わせする。


「……まさかテメエと戦うことになるとはな」

ゴマ相棒! ……お前とは一度戦ってみたかったんだ! オレはお前に言いてえことが山ほどある! 伝えてやる、この拳でェ!!」

「ヘッ、言ってろ。本気でボクに勝てるとでも思ってやがんのか? 笑わせるんじゃねえよ。それと、相棒じゃねえっつってんだろ、ソアラ」

「……そういう態度がいけねえっつってんだ! 本番、覚悟しとけ! 思い知らせてやっからな!!」


 とか言いつつも、互いに軽く拳をぶつけ合い、すれ違ったのだった。


 猫月は東側控え室へ、蒼天は西側控え室へ。

 試合開始まで、残り3分。

 

「決勝戦! 猫月ねこつきごまVS蒼天あおぞらソアラ! 間もなく開始です!」


 残り、1分——。

 残り、30秒——。


「両者、入場!!」


 猫月、蒼天はグラウンドに姿を現す。

 双方ともゆっくりとした足取りで、定位置についた。


「ゴマくんー! ソアラくーん! どっちも、精一杯頑張ってくださーい!」

「ファイトよー、2人ともかっこいいわー」

「ゴマ、めちゃくちゃ強いからなあ……。一瞬で決まるんじゃないか? まあいいや、どっちも頑張れー」

「いやー、分からんでー? 最近のゴマ、見てて心配やしなあ……。ゴマー、きばりやぁー! ソアラくんもなぁー!」


 優志、サラー、ラデク、暁月は精一杯の声援を届けようとする。

 観客席は人が増え、歓声に包まれていた。

 時折、三三七拍子や、誰が作ったとも分からぬような応援歌が、歓声に混じる。


 グラウンドで対峙する、猫月と蒼天——。


「転身——暁闇の勇者、ゴマ!」

「今回はオレも転身するぜ——不撓不屈の熱血武闘家、ソアラ!」


 両者、光に包まれ、転身。


 審判がゴングのばちを構える——。


「Ready……」


 静寂——。


「Fight!」


 ついに始まった、決勝戦。


 先に動いたのは、ゴマだ。

 瞬時に距離を詰め、魔力を帯びた拳をソアラにぶつけようとする。

 が、ソアラは軽やかなステップで、それをかわした。


「前ほどのキレが無くなってるなァ、相棒!」

「何だと?」


 ソアラの、余裕を見せるような表情と言葉に、ゴマは大きく顔を歪める。


「次はオレの番だ!」


 ゴマの元へと駆けながら、得意の“500万馬力・猫パンチ”——姿は人間だが——を繰り出すソアラ。

 青く輝く鉄拳がゴマの顔面に迫る!


 が、ゴマは片手で軽々と、それを止めてしまった。


「テメエこそ、そんなヘナチョコなパンチが、このボクに通じると思ってるのか?」


 バカにするような目でソアラを見る。

 ソアラは額に汗を流しながら、拳を押しつけたまま言い放った。


「その驕りが、お前の弱点だ!」


 瞬間。

 ソアラの体が吹き飛ぶ。

 血飛沫が、夕方のグラウンドに舞った。


「ぐふっ……!!」


 腹部を蹴飛ばされたソアラは空中で体勢を立て直し、どうにか白線内に落下する。

 が、うまく着地できず、土埃が舞う。腕や膝を擦りむき、痛みに顔を歪めた。


「転身したボクに、怖いモンなんか無えんだ。少しは楽しもうとは思ったが、やっぱやめだ。一気にテメエを潰し、ケリつけてやる」


 両手を組んで指をバキバキと鳴らし、迫るゴマ。


 観客席では——。


「やはりゴマくんが圧勝してしまうのでしょうか……どっちも、精一杯頑張ってください!」


 優志は固唾を飲み、試合の行く末を見ていた。

 勝敗はどうあれ、2人とも後悔のないよう、全力を出して欲しい——そう思っていたのである。


 だが、ラデクとサラーは——。


「ああ、ソアラ! ……何だよアイツ! 俺、ゴマってやつ、嫌いだ! ソアラー!! ゴマなんかぶっ倒しちゃえー!」

「ソアラちゃーんー……。立ち上がってぇー。ソアラちゃんならー、まだまだやれるわぁー!」


 ——ソアラだけを、応援している。

 暁月は珍しく黙り込み、戦う2人をじっと見ているだけ。


 観客席を包む歓声が、段々と一定のリズムになる。そしてそれは、「ソアラ! ソアラ!」と聞こえるようになっていった。


 観客の大半が、ソアラのみを応援しているのだ。

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