52.雪白ショック


 天ノ河と会うべく西側控え室へ向かっていた優志ミオン稲村リュカだったが——。


 突如、突風とともに黒い何かが、2人の真横を駆け抜けた。


「わっ……! な、何ですか今のは……?」

「見ろ! あの黒髪の女の子だ!」


 人間離れした足の速さで、2人の横を通り過ぎた天ノ河。

 優志たちは慌てて、彼女のいる方へと走った。若くない2人は、ハアハアと息を切らす。


 天ノ河は先ほどからキョロキョロと、誰かを探しているようである。


 ♢


 サミュエルが敗退したため落ち込んでいる雪白は、屋内の狭い通路にある自販機の方へとぼとぼと向かっていた。


 飲み物が欲しいわけではない。自分が何をしたいのかすら、分かっていない。

 自販機に並ぶ飲み物をただ茫然と見つめる雪白。その横を、背の高い男が通りがかろうとする。

 男は足を止めた。気づかぬ雪白。


「邪魔だ」


 聞き憶えのあるその声が、雪白の心を貫通した。


 サミュエルである——。


 最推しに、「邪魔だ」と言われてしまった。雪白はその事実がまだ理解できないまま、思わず「すみません」と口にし、道を開ける。

 サミュエルは何も言わず、真っ直ぐに通路の奥へと行ってしまった。


 雪白はバッグを床に落とし、呆然と立ち尽くす。

 そんな最悪のタイミングで姿を現したのは——。

 

「あ! いた! ユーリ、推しの試合は終わったんでしょ? アタゴ山へ急ごう!」


 天ノ河であった。

 雪白は思わず舌打ちする。


「早く、急がなきゃサーシャが……」

「帰る」

 

 空気を読まぬ天ノ河の言葉を遮った雪白は、バッグを背負い直し、ツカツカと屋外へ出ようとする。


「ちょ、ちょっと! ユーリ!」


 天ノ河の声を無視し、屋外に出た雪白は無言で、競技場の出口に続く通路を歩いて行った。

 帰るといっても、ミランダのワープゲートは使えないのだがら、行くあてがない。

 立て続けに起きたショックな出来事に、彼女の思考はもはや停止していた。


 雪白が、エントランスへ続く屋内への扉の前に来た時。

 悠木とミューズを捜していたピノが、慌ただしく飛び跳ねながら雪白に近寄った。


「ユーリ! どこいくぴの!?」

「……もう、帰りたい」

「え!? 何を言ってるぴの……」


 体から力が抜けた雪白は、その場に膝をついた。

 すぐに、足の速い天ノ河が追いつく。


「ねえ、お願いだよ。一緒に戦ってよ、ユーリ!」


 天ノ河の声に気付いたピノは、ピョンピョンと飛び跳ねながら彼女にまとわりついた。


「ぴのー! お前は! “ピア・チェーレ”の新しい仲間ぴのね!」

 

 その側で、はぁー、と雪白は膝をついたまま、ため息をつく。


「あ! 君は、ユーリのサポーターだよね!?」

「たぶん……サポーター? だぴの!」

「じゃあユーリを説得してよ!」

「で……でもあんなに落ち込んじゃってるぴの……」


 ピノがプルプルと顔を横に振った時。天ノ河のセーラー服のポケットから、彼女のサポーター——ロウが飛び出した。


「ガウウー!!」

「ぴのー!? 分かったぴの、説得するぴのー!! ユーリ、また変身して戦うぴの!」


 ロウに吠えられたピノは、大慌てでユーリを説得する。

 当然雪白には、そんな言葉など届くはずはない。俯いてずっとしゃがみ込んだままである。


 1分ほど経った頃——。

 2人のおじさんの声が近づいてくる。


「あ、いました! あの子です!」

「足速えから、すーぐ見失っちまうぜ。おーい! えーと誰だっけ? 天ノ河ちゃん!」


 優志ミオン稲村リュカである。

 天ノ河は、ハッとして彼らの方に振り向いた。


「ハア、ハア……。あなたは天ノ河さん、でしたか。私は飛田とびた優志まさしです……。私も連れていってください」

「俺は僧侶のリュカだ。今優志まさしって言ったこいつは、魔王を打ち倒す“勇者ミオン”だ」

「えっと……」


 天ノ河はキョロキョロと優志と稲村を交互に見つつ何かを言おうとしたが、そんな暇も与えず稲村は、唾を飛ばしながら大声で捲し立てる。


「見てたぞ、天ノ河ちゃん。ワープゲート出せるんだろ? すぐに俺も連れていってくれ!」

「いや、キミたちは別に連れて来いと言われてないんだけど……」


 グイグイと迫りながら大声を出す稲村にすっかり引いてしまった天ノ河は、両手を翳しながら後退りしていた。


「あの、いなちゃん、私も行……」


 優志は言いかけたが、相変わらずの大声に遮られる。


優志ミオン、お前はゴマたちが変なことしないか見張ってろ。ここは俺に任せてくれ」

「あ……はい……」


 稲村に強い口調で言われ、ノーと言えなかった優志。彼だけ、そのまま競技場に残ることになってしまった。


 下を向く優志の横で、稲村は両手を合わせて頭を下げ、天ノ河に頼み込んでいる。

 

「頼む! 悠木愛音ちゃんを1人にするとやばいからな! 大人の俺が行かないと!」

「うーん、星愛からはユーリとゴマだけを連れてくるよう言われたんだけど……ま、いっか。時間がない」


 押しの強い稲村に、天ノ河も負けたのだった。

 そして、ピノはというと——。


「ユーリ、落ち込むのは後でもできるぴの。今は一大事ぴの!」


 ぴょんぴょん飛び跳ねながら、必死に雪白を説得している。

 すると。


「……わかった」


 雪白は頷き、そっと立ち上がった。

 まだ俯いたままだが……。


 ひとまず、雪白、稲村は、天ノ河とともにアタゴ山へ向かうことが決定。

 ロウが大口を開け、虹色の光を地面に向け放つ。


「じゃあ、2人とも。よろしく頼むね!」


 途端、キリッとした顔になる天ノ河。


「ああ。俺はリュカ。よろしくな、天ノ河ちゃん!」

「……よろしく」


 稲村、雪白が返事すると、3人は虹色の光——“ワープゲート”の中へと入っていく。


「気をつけてくださいね……!」


 優志は、そっと手を振った。

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