44.サーシャと金髪美少女


 あくびをする勇者ゴマにじゃれつき続けていたアルス王子だったが、全く相手にされなかったため、ついに……。


「もういいもん。帰る」


 アルス王子は機嫌を損ね、フィールドから出て行ってしまった。


「勝者、猫月ごま!」


 とぼとぼと控え室に帰っていくアルス王子を見て、勇者ゴマはニヤリと笑い、転身を解いたのだった。


 ♢


 猫月ゴマは何食わぬ顔で、優志たちのいる観客席へと帰ってきた。

 優志ミオンは「ゴマくん、お疲れ様です」と言って迎えるが、暁月スピカ蒼天ソアラは冷ややかな視線を猫月に送る。


「ゴマ、何してんのほんま。アルスくん可哀想やったやん!」

「相棒……! お前、最悪だな!」


 猫月は鼻を鳴らす。


「フン、ボクの不戦勝だ。ああいうのは、やっぱ無視するに限る。無駄に体力を使いたくねえからな」


 ——と、その言葉を聞いた蒼天は突然座席を立ち、猫月の胸倉に掴みかかった。


「相棒! お前、いい加減にしろよ……!」

「ソアラくん、あかんて!」


 掴まれたまま猫月は何も言わず、蒼天を睨んでいる。

 蒼天はやや乱暴に猫月を押し出し手を離すと、少し後ろに退がり猫月と距離を取った。


相棒ゴマ! 例え戦う相手であっても! 敬意ってモンは持たなきゃいけねえんだ! ……もしオレがこの先の組み合わせでお前と当たるようなら……! ガツンとそいつを思い知らせてやる! この拳で!!」


 蒼天は右拳をグッと握り、猫月に見せつけた。


 ♢


 少し、時間は遡る——。


 ここは、ウキョーの近くに聳え立つ双子山のうちの1つ、アタゴ山山頂。

 双子山——アタゴ山とヒエイ山の山頂からは、あらゆる生物たちの命と健康の源、【生命の水】が湧き出る。


 唯一生き残った魔王軍幹部のサーシャは、双子山から湧き出る生命の水を、奪える限り奪い、らしてしまおうと画策していた。


「やっと着きましたわ……」


 山頂は、地面が直径10メートルほどの黒い円形のパワースポットとなっており、中心部に高さ2メートルほどの黒い突起状の岩がある。そこから滲み出るように湧き出すのは、乳白色の湧き水——“生命の水”。

 サーシャは“生命の水”を両手ですくい、ゴクリと飲んだ。


「んぐんぐ……ぷはぁ。美味しいですわね。我々魔族にとっても、まさしく元気の源ですわ。さあて、もうすぐ日暮れですし……準備を始めましょうか……む?」


 その時、サーシャの目の前に、何者かが立ち塞がる。


「見つけたわ。あなた、生命の水を奪う気ね。そうはさせない」


 現れたのは——金髪ツインテールにオレンジ色のワンピース姿の、スラッとした体型の美少女であった。身長は163cmほど。

 サーシャは、怪訝な顔を見せる。


「あなたは誰ですか? ワタクシはただ、散歩をしていただけですわ」

「しらばっくれないで。あなたのことは全て調査済みよ、サーシャ」

「……こんなのが出てくるなんて、聞いてませんわ。貴女は一体、誰なのですか!」


 金髪美少女はフッと笑いながら、右手の人差し指と中指、親指を立てるハンドサインを見せた。


「私の名は【癒月ゆづき 星愛ティア】。覚悟しなさい、サーシャ」


 癒月はポケットから何か——宝玉で飾られた四角い手のひらサイズの機械——を取り出そうとしたが——。

 サーシャの方が先に、皮の剥かれた小さなバナナ形の置物と、2つ実のついたさくらんぼ形の小さな置物を、自身の掌の上に乗せていた。

 その2つの置物が突然光に包まれ、凄まじい衝撃波を発する!


「きゃああっ!」


 癒月は、衝撃波と共に発生した突風に吹き飛ばされ、地面に身体を打ちつけた。


「くっ……! もう、面倒ね!」

「オホホホ……。貴女に邪魔される前に、さっさと生命の水を奪ってしまいますわ! それが終わってから……愛しのアルス様を探すといたしましょう……オホホホホホ」


 サーシャは笑いながらそう言うと、バナナ形の置物の上に、さくらんぼ形の置物の柄の部分をまたがらせるように合体させた。すると再び、置物は光に包まれる。

 それを確かめたサーシャは光に包まれた置物を、アタゴ山とヒエイ山の間にある底が見えないほどの深さの峡谷に向け、投げつけた。


「何をしたのよ、一体!?」

「あれは、ヴィットとサクビーがのこした飛行戦艦を改造したもの……これからワタクシが乗る新しい飛行戦艦ですわ。今からあの飛行戦艦を、巨大化させますの。時間はかかりますが、巨大化が完了すれば、山と山の間の谷間に、巨大飛行戦艦が挟まる形になりますわ」

「何を企んでるの!?」

「オホホホ……。それは見てのお楽しみですわ……。巨大飛行戦艦、【ジャイアント・ディック】……完成が楽しみですわね。オホホホホホ」


 高笑いするサーシャを、癒月は睨みつける。


「そうはさせない。これから私の仲間があなたを倒しにやってくるから」

「オホホホ……あなたのお仲間ですか。会えるのを楽しみにしておりますわ」


 そう返すと、サーシャはあっという間に木々の向こうへと走って行ってしまった。高笑いが、段々と遠くなっていく。

 癒月は、すぐさま宝玉で飾られた四角い手のひらサイズの機械を耳に当て、遠くにいる誰かと連絡を取り始める。


勇美いさみ、サーシャに先手を取られた。早くあの子たちを連れてきてよ!」

『わかった! サーシャは僕がやっつけたかったけど……そうも言ってられないね』

「あと、ゴマ……猫月ごまを連れて来なさい」

『ああもう……分かった、善処するよ』

「絶対よ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る