43.ミルキーウェイ・ガール


 アンタレス翁は観客席に戻り、腰を下ろす。


「ふぃー、あの黒い髪の女の子にまた目をつけられんよう、黙って試合を見させてもらおうかの」


 そう独り言を言うと、お茶を啜った。

 その黒髪の美少女はというと——。

 

「動きがあったの? ロウ」

「ガウー! ガウガウ!」


 “ロウ”と呼ばれる青い毛玉が、黒髪美少女のポケットから飛び出す。

 青い毛皮から、狼のような顔を見せるロウ。そして宝玉で飾られた四角い手のひらサイズの機械を口から出すと、口に咥えながら黒髪美少女に手渡した。


「……ありがと、ロウ」


 黒髪美少女は、四角い機械を耳に当てる。遠くにいる誰かと、通信しているようである。


「わかった! サーシャは僕がやっつけたかったけど……そうも言ってられないね。ああもう……分かった、善処するよ」


 機械をロウの口の中に戻した黒髪美少女は、表情を引き締め、すぐさま優志たちのいる場所へと向かった。


 ♢


 優志たちは観客席で、アルス王子と戦う猫月——勇者ゴマを応援していた。

 いや、勇者ゴマに真面目に戦うように促していた、というのが正確なところだろう。

 未だに全く無傷の勇者ゴマは、その場に突っ立ったままつまらなさそうに大あくびをしながら、他のフィールドでの戦いを呑気に観戦していた。

 アルス王子は、先程までずっと勇者ゴマに魔法をぶつけじゃれついていたが、全く効かない上に無視され続けたため、機嫌を悪くして地面に座り込み俯いている。

 

「ゴマくん! ちょっとアルスさんが可哀想ですよ……」

「ウィー……。ゲフッ。はは、ゴマくん余裕かましてるなぁ!」

「ゴマあんたなあー! やる気あるんかー!?」

「もおー! 真面目に戦えよ! 観ててつまんねーだろ!」

「アルスくん可愛いわー。ヨシヨシしてあげたいー」


 優志、稲村リュカ暁月スピカ、ラデク、サラーの声が重なるが、勇者ゴマはまたも大あくびをすると、ついにその場にゴロンと片肘をついて手を耳に当てる体勢で寝転んでしまった——。


 悠木と雪白は、優志たちのいる場所から少しだけ離れた場所にいた。悠木が推しのアルス王子を応援したかったためである。


「アルスくーんー! 立ち上がってよー! きっとゴマくんを倒す策はあるからー!」

「すっかり拗ねてるじゃない……」


 悠木が「もー!」と両腕をワタワタとさせた時——。


「いたー! 初めまして! アイネ、ユーリ!」


 悠木愛音あいね、雪白友莉ゆうりに声をかけたのは——黒髪の美少女であった。

 年齢も身長も、悠木と雪白と同じぐらい。艶やかな黒髪をサイドテールにし、セーラー服と膝上まで上げたスカートを身につけた全く見知らぬその子の姿を見て、当たり前のようにびっくりする2人。


「え!? 誰!?」

「……何で私たちの名前を知ってるのよ?」


 黒髪美少女は、呑気に自己紹介をしている場合ではないとばかりに、すぐに話を本題に持っていく。


「今は遊んでる場合じゃないんだ。君たちも、共に戦ってほしいんだ」

「え、え!? どういうこと?」

「待って、意味がわからない」


 黒髪美少女は少し息を整えると、名を名乗り、話の概要を2人に教えた。


「僕の名前は……【天ノ河あまのがわ 勇美いさみ】」


 天ノ河が落ち着きを取り戻すことで、ようやく悠木と雪白は、天ノ河の話を聞く態勢になった。


「サーシャが……あの双子山から湧き出る“生命の水”を、らせようとしてるんだ。ほんとは勇者ミオン様たちも呼びたいけど……まだ試合が残ってるんでしょ? だからせめて君たち……“ピア・チェーレ”の君たちだけでも、戦いに参加して欲しい!」


 聳え立つ双子山を指差し、そう言う天ノ河。

 悠木は、数秒間を置いてから答えた。


「大変だね! えっと……どうしよう……アルスくんの戦いも見たいし……あわわ……」

「まあ、そのくらいなら待つよ。今は【星愛ティア】が頑張ってくれてるし。ユーリ、君も来てくれるよね?」


 雪白はというと、躊躇うこともなく首を横に振る。


「無理ね。サミュエルくんが優勝するまで見届けなきゃ。優志飛田さん負けちゃったから、飛田さん連れてったら? あ、ここではミオンさんか」


 天ノ河が眉を顰めたその時——勇者ゴマとアルス王子に、動きがあった。

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