42.師匠も悩む


 何と、人間の姿になったアンタレス翁が観客席で、蒼天ソアラを叱咤激励していたのである。

 だが、その声に蒼天は気付くことはなかった。その上、謎の黒髪美少女に“老害”だと言われてしまい、アンタレス翁はすっかり口を閉じてしまったのであった。


「じゃ、そロそロ決めるかァ!」


 ビリーが、あまりの辛さにのたうち回る蒼天を蹴り飛ばそうと、近づく。


 ♢


 その頃、勇者ゴマとアルス王子は——。


「アイスボール! ……んー、効いてないのかなあ。ねえねえ、何で反撃してこないの? ねえってばー!」


 アルス王子は勇者ゴマに何度も魔法をぶつけるが、勇者ゴマはしらけた顔をしつつ腕組みしたまま、じっとしているだけである。

 アルス王子は、まるで構って欲しい子犬のごとく、勇者ゴマにじゃれつくように、魔法アイスボールをひたすらぶつけていた。


 ♢


「さあ、俺ノ勝チだ……ん?」


 ビリーが蒼天に近づいた、その時だった。


「ヒー! ヒー!! かれえええええ!! Fireンゴォォォォォォオオオオオーーーーーール!!!!!!」


 蒼天の口から噴き出したのは、灼熱の炎——。


Fireブォォォォオオオオーーーー!!!!!!」

「グアアアア!! アチチ!! Water!! Give me water……!?」


 蒼天の口から噴き出した炎が、ビリーの服とテンガロンハットに燃え移ってしまった。ビリーは必死に地面を転げ回り火を消そうとする。が——その勢いで、白線の外に転がり出てしまった。


「勝者、蒼天あおぞらソアラ!」


 地面に倒れながらビリーは「No……そンな、バカな……」と呟いた。焼けた服からは虚しく煙が上がり、2丁のピストルも地面に転がり落ちていた。

 蒼天は目を真っ赤にしながら審判から渡された水を飲むと、あたふたと東側控え室へ戻っていった。

 それを見ていたアンタレス翁もそっと立ち上がり、東側控え室の方へと向かった。


 蒼天は一度も得意の格闘技を使わず、まさかの火炎放射で勝利が決まってしまった——。

 観客席にいた優志たちは呆気に取られていたが、暁月スピカだけはお腹を抱えながら笑い転げていた。


「あっはははは、面白すぎるやろ! 辛いもん食べて火ぃ吹くとか、どこのギャグ漫画やねん! あはははは!! ひー、苦しい! あははは!!」

「お……落ち着いてください、スピカさん……」

「まあ、ここは夢の世界だからな。何でもありなんだろうな……ヒック! じゃあ俺も便乗してこのアルコールで、火吹き芸を……。サラーちゃん、見てくれ!」

「リュカおじさん! 危ないからそんなことしたらダメ! 没収したのにいつの間にお酒買ってるんだよ!」


 稲村リュカが空けたボトルはもう何本目やら。ラデクは完全に稲村の世話係となってしまっていた。


 さて、勇者ゴマとアルス王子はというと——。


「ソアラの奴、何やってんだ……?」

「ねえ! もう! 無視しないでよ……」


 火炎放射をかました蒼天を横目に見て、相変わらずしらけた顔をし続ける勇者ゴマ。

 それに対し、アルス王子は勇者ゴマにじゃれついたままである。勇者ゴマは反撃するどころか、完全にアルス王子を無視していたため、アルス王子は目に涙を浮かべていた。

 勝負は、つくのだろうか——?


 ♢


 東側控え室——。

 蒼天は椅子に座りながら、溜め息をついていた。未だにビリビリと焼けつく舌の感覚に、時折顔を歪めながら。


「ソアラよ」

「……その声は!」


 蒼天はすぐに気がつく。声の主が師匠アンタレスであることに——。

 アンタレス翁が扉から控え室に入ると、白い髪を靡かせながら、ゆっくりと蒼天に近づいていく。


「し……師匠! そのお姿は……!?」

「久しぶりじゃの。気がついたらこの姿になっており、この街の宿屋におった。夢でも見ておるのかと思ったが……。不思議なこともあるもんじゃ」

「まさかここでお会いできるだなんて……! 恥ずかしい戦いを見せてしまい、すみません!」


 蒼天はそう言って、残り少ないイチゴミルクを口に含む。


「ハハハ……。良かろうて。ワシも、若いもんから、“老害”と言われてしもた。ワシの教え方は、もう時代遅れなんじゃろうな……。だから何も言わん。ソアラよ、これからは好きなように戦うがよい」

「老害……!? 誰がそんなことを! ……師匠!!」


 蒼天はアンタレス翁の肩を、正面から両手でガシッと掴んだ。


「これからも至らぬところがあれば、ビシバシ言って欲しいですよ!」

「……ソアラがなら、良かろうて。ならば次の戦いは、ワシが教えたことをしっかり思い出し、戦うんじゃぞ」


 ————————


「おじいさん。あなたが何者かは知らないけど、そういうことを言う人を“老害”っていうんだよ! 覚えておいてね!」


 ————————


 「フォッフォ」と機嫌良く笑いながら控え室から出て行くアンタレス翁を、蒼天は見送った。

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