39.激戦! 優志VSサミュエル


「かかって来い。勇者様の力とやらを見てやろう」


 優志ミオンの目の前には、テレビやSNS、動画サイトなどですっかり見慣れた埴輪男子はにわだんしのメンバー、宮元文矢の姿。

 その彼が剣士の格好をし、“サミュエル”と名乗って今、目の前で自分と戦おうとしている。

 その状況に、優志は緊張しながらも不思議な気分になり、ボーッとしてしまう。


(……いけません。攻めなければ、勝てませんね)


 優志は今までの戦いと同じように、魔力を両手に溜め、そして放つ。


「“サンデー”! “サンデー”! “エクスプロージョン”!」


 嵐の如き光の弾丸の連射を、サミュエルは素早い身のこなしでかわす。爆炎魔法“エクスプロージョン”による大爆発に対しては、数メートルもの高さまでジャンプをし、こちらも見事にかわされてしまった。

 戦えるフィールドが狭い中、“エクスプロージョン”を放ったため、爆風に煽られた優志は危うく白線から外に出てしまうところだった。


「まるで周りが見えていないな。その程度なのか? 勇者様とやらの力は」

「……まだありますよ、私だけの特技が……! 聴いてもらいましょう、“おやすみ、僕らの世界”。♪星が瞬く、満月の夜に〜……」


 聴くと眠気を誘うような歌声が、グラウンドに響く。他のフィールドで戦う出場者たちの動きが一瞬、鈍ったほどである。

 しかしサミュエルは、先程と全く様子は変わらず、腕組みをしながらじっと優志を睨んでいるだけだ。

 だんだんと、音程とリズムが怪しくなる。緊張しているため、うまく歌えないのである。


(歌でもダメですか……!)


 重厚なプラチナの装備を身につけていることもあり、段々と体力、魔力ともに消耗する優志。


「そんなものか……。なら、こちらも行くぞ!」


 サミュエルは拳を握りしめ、駆け出した。

 既に疲れを自覚していた優志。このタイミングで一気に勝負を決める気なのだろうと、推測する。

 だが足が震え、回避できるかどうかも分からない。優志は覚悟を決め、息をフッと吐いた。

 その瞬間! 優志は、ふと思い出したのである——ハールヤに教わった、あの秘法!


(そうでした! こういう時こそ、丹田呼吸たんでんこきゅう!)


 優志は構えを解き、リラックスする。

 重たかったプラチナの装備が、スッと軽く感じられるようになった。

 強張っていた表情が穏やかになり、自然体で立ちながらフウーッと息を吐く。

 サミュエルは警戒し、足を止めた。


「ん……?」


 サミュエルの眉がぴくりと動く。

 心を落ち着けた優志は、再び構える。だが先程までとは違い、呼吸が整い震えも止まっている。

 サミュエルは、優志が再び攻撃してくるだろうと読んだのか防御態勢を取った。しかし、優志は息を整えながらじっとしているだけだった。


「……フン、分かったぞ。魔力が尽きたのだろう。何をするのかと思えば、敗北した時の心の準備か。ならば、観客も楽しめるよう、美しく勝利を飾ってやろう」


 サミュエルは再び、優志の元へと駆け出した。


「残念だったな、勇者様。魔王ゴディーヴァは……俺が倒す!」


 優志の腹部目掛けて拳を繰り出そうとした、その時——。

 サミュエルが見せた一瞬の隙を、優志は見逃さなかった。


「っしゃあああああああ! “サンデー”!!」

「ぐ……!?」


 至近距離で“サンデー”を喰らわせることに成功。サミュエルは後方へ吹き飛ばされるも、どうにか着地する。だが腹部を押さえ、よろめいていた。


「……この俺に一撃を加えられるとは……。貴様を甘く見ていたようだ。だが次こそは、決める!」


 サミュエルは一瞬で態勢を立て直し、今度は両拳に魔力を溜め、向かってくる。

 だが頭が澄み切っていた優志は、サミュエルの動きを完全に見切っていた。


「今です! “サンデ……”」

「……クソッ!?」


 再び見せたサミュエルの隙をつこうとした、その時——。


『お前は負けるポン』

「!?」


 突然聞こえた幻聴——。脳内に靄がかかったように、集中力が途切れてしまう。

 サミュエルはニヤリと口角を上げた。

 

「……隙あり!!」

「う……!?」


 繰り出された魔拳——。咄嗟に盾で防御し直撃は免れたが、サミュエルは拳を押しつけたまま、強引に白線から優志を押し出そうとしてくる。

 優志は抵抗するが、息切れしながらも力づくで押し出そうとするサミュエルの腕力には、敵わなかった。


「ハア、ハア……。一瞬の迷いが……、命取りの世界だ。舐めるな……」


 サミュエルのその一言と共に、優志は完全に白線の外へと押し出されてしまった。


「勝者、サミュエル!!」


 歓声の中、優志は地面に蹲った。

 敗北の悲しみの中、再び幻聴が優志を襲う——。


『ハッハッハ、やっぱり負けたポン! オイラは嘘なんかついてないことが証明されたポン! お前は、勇者失格だポン。周りのみんなはどんどん強くなるのに、お前は何してるポン? あーあ、ホントに情けないポン……』

「やめて……ください……」


 頭を抱えながら東側控え室に戻っていく優志。ふと振り返った時、サミュエルの姿が目に入る。彼は歯を食いしばりつつ、腹部を押さえていた——。


 ♢


 全ての試合が終わり、東側控え室に続々と出場者が帰ってくる。

 その中に、ボロボロに破れたローブ姿のサラーが姿を現す。


「ミオン様ー、私、負けちゃったー」

「……サラーさんもですか……。私も……負けてしまいました」


 優志、サラー、ともに2戦目で敗退——。

 残っているのは猫月ゴマ蒼天ソアラのみである。


「サラーちゃん、大丈夫かい!?」


 稲村リュカが、控え室に駆け込んでくるなり、ボロボロになったサラーに“ヒール”をかけ始める。優志のことは、見えていないようだった。

 

『ほら、仲間にすら無視されてるポン。お前なんか見捨てられていくポン。ポンポコリン……』


 優志は項垂うなだれながら、東側控え室を後にした。

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