3.秘術・丹田呼吸法


 心のコントロールに悩む優志。

 それに対し、ねずみの医師ハールヤが提案した対処法とは——。


「ゆっくりと、息を吐いてごらんなさい。口をすぼめて10秒ほどかけて、ふぅーっと」

「……ふぅーっ……、こうですか……?」

「そうです、そうです。そして、おへその下をくぼませて、息を吐き切ったら、フッと力を抜いてください。自然に、息が入って来ますよ」

「……すぅーっ……」

「そのまま、お腹が膨らむくらい吸ってください。吸ったら、また10秒かけてゆっくり吐いて下さい」

「ふぅーっ……。あ、だんだんと心が落ち着いてきた気がします……!」


 ハールヤが優志に教えたのは、【丹田呼吸法たんでんこきゅうほう】である。

 おへその下——臍下丹田せいかたんでんを意識して、息をゆっくり吐ききり、また深く息を吸うことで、二酸化炭素を排除し酸素を多く取り込む。そうすると、酸素を得た血液は身体中を巡り細胞に栄養を届け、心身ともにシャキッとしたり、落ち着きを取り戻したりするのである。


「焦ったりしたら、深呼吸するといいって言いますもんね……。でもこのやり方だとすごく楽に出来ます」

「まずは吐いてから吸う。ぜひ、覚えておいてくださいね。毎日続ければ、病気知らずになれますよ」


 優志はすっかり落ち着いた気分になり、冷静に頭の中を整理する。すると、ハールヤに伝えたい今の優志の悩みを、スムーズに言葉にすることができた。


「今不安なのは、病がもし悪化していつか死ぬことになるかも知れない……なんて考えてしまうんです」


(勇者としての使命があるのに、自分が死ぬことを怖がっている……情けないです)


『そーだそーだ、情けないポン! お前の未来は病気のせいで真っ暗だポン』


 またも幻聴が聞こえ始め、優志は表情を曇らせる。

 優志の心に何が起きているか察したハールヤは、にこやかな笑顔で応えた。


「そんなに心配しなくて大丈夫ですよ。生き物の自然治癒力というのは何重にも働く仕組みがあり、簡単には死なないようになっていますから。……ではその力を引き出すため、またしましょうか」

「……はい! 例の足ツボですね……」


 以前と同じように、優志は手術室へと案内された。

 デスクとベッド、そして観葉植物だけがある手術室。窓からは陽の光が射し込み、小さなスピーカーからはオルゴールが流れる。


 靴下を脱いで、お湯で足を温め、ベッドに横になる優志。


「では、始めますね……。うん、前よりは随分と良い足の形になってますね」


 以前、少し押されるだけで激痛が走ったのが嘘のように思えるほど、今回のは心地よい痛気持ち良さであった。

 ポカポカと体が温まり、すっと脇腹の痛みも引いていくのを実感する優志。


(……とても気分がいいです。どうですかタヌキさん。やっぱり、君が言うことはウソです。観念してください)


『クソーッ! これで終わりだと思うなポン!!』


 優志の心の中にいたイタズラたぬきは、白い光となって消え、優志の頭の中から出て行った。


 1時間ほどで施術が終わり、心身共にスッキリして優志は体を起こした。


「ありがとうございます。すごく気持ち良かったです」

「いえいえ。後は、筋肉トレーニングと有酸素運動を継続してください。ただし、激しい運動はすぐにやめないようにしてくださいね。整理運動やストレッチをして、少しずつクールダウンするのです」

「それはまた、何ででしょう……?」

「運動をした後に急にやめると、血が酸欠状態になって急いで酸素を補給することになります。ハアハアと息が上がるでしょう。このとき、【活性酸素】がたくさん発生します。それらは善玉と悪玉がいて、それを説明すると長くなるのですが……簡単に言えば過剰に発生した場合、いずれも体を酸化させて病気の元となってしまうのです。ゆっくりクールダウンさせることで、それを防ぐことができます」

「わかりました、覚えておきます」

「そうそう、本日、入院されていた玉城浩司様の退院日なのです。迎えに行きましょう」


 体重100kg超え、28歳にして肝炎、慢性膵炎、日中常に倦怠感を自覚していた玉城。

 それが、見違えるようにスリムになり、現在の体重は88kg、体脂肪率を除く各数値もほぼ正常化した。


 玉城がハールヤの医院に入院して行なったことは——。

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