54.今、やれることは


 飛田とびたは久々に松田病院へと赴き、諸々の検査を受けた。


「良くなってますね。血圧も120、80まで落ち着きました。不整脈も無し。空腹時血糖値も89まで落ちました。睡眠をもう少ししっかり取れば、言うことなしですね」


 主治医、田井中の言葉に飛田はホッと安堵のため息をついた。

 飛田は病気の事など忘れ、魔王軍との戦いに夢中になっていた。何かに夢中になっていると、病気はいつの間にか治っていたりするものだと改めて実感する。もちろん、生活習慣の改善の効果もあっただろうが。

 体重も、48キログラムから56キログラムにまで増加。着実に、健康体を取り戻しつつある。


 その後も飛田は油断せず、“セルフ手術”——足揉みと、食事、運動、そして7時間睡眠を真面目に続けた。

 OFFBEATのマスター、外園ほかぞのから頼まれた作曲案件もこなしつつ、健康的な生活を続けていたのである。


 ところが——。


 睡眠の質が良いためか、夢をほとんど見なくなってしまったのだ。

 つまり、夢の世界グランアースが今どういう状況か、全く分からないのである。



 ある朝、ふと思い立った飛田は、ミランダを呼び出した。


「なあに、優志まさしくん。邪竜パン=デ=ミールなら、まだ見つからないみたいよ」

「ミランダさん、ワープゲートを“夢の世界”に繋げることは……出来ませんか?」


 期待を込めて尋ねてみたが、ミランダは声のトーンを落とした。


「さすがにそれは無理ね……」

「やはりダメですか……」


 ミランダは「ごめんね」とだけ言って、光となって消えた。


 ラデク、サラー。そしてオトヨーク島に住むみんなは、大丈夫だろうか。“生命の巨塔”も、破壊されたままだ。


(そういえば、いなちゃんも夢の世界に一緒にいたじゃないか。連絡してみよう)


 飛田は、は稲村誠司いなむらせいじ——僧侶リュカとして勇者ミオンのパーティに加わった——に電話をかけてみた。


「もしもし、いなちゃん?」

『おー、……なんつって! 優志、久しぶりだなー! どうしたー?』

「あはは、。ちょっと聞きたいことがありまして。あ、そうです。猫さんたちの様子はどうですか?」

『ああ、ムーン、ゴマ、ポコの3匹がずっといなくなってたんだが、最近また帰ってきたみたいだぜ。愛美あいみは、猫たちがみんな帰ってきて喜んでたよ。で、聞きたいことって?』

「ああ、じゃあ本題にいきましょう。最近、夢を見ますか? 私は全然見なくなってしまったんですが……」

『そーだ! 言おうと思ってたんだよ! 俺も、夢を全然見ないんだ。早く冒険の続きがしたいのに! あの巨乳美女と会いたいのに……なんつって!』

「やはりですか……ありがとう。新型ウイルス、お互い気をつけましょうね。じゃあまた」

『ん? おい、用事はそれだけかよ!』


 続いて、“ピア・チェーレ”の悠木愛音ゆうきあいねから来ていたLINEを確認する。


『飛田さーん! そろそろ戦いに行きたいよー。またへーんしん! って言いたいー。ミューズもずっと寝てばかりだしー!』


 飛田は慣れた手つきで、返信を入力する。


『そうですね……。ミューズさん、寝てばかりなのですか……』

友莉ゆうりは来年受験生だからってずっと勉強してるんだー。つまんなーい』

『ですが今行っても、出来ることがないんです……。愛音さんも、今は学業に専念した方がいいですよ』

『やーだー!』


 今、みんなが出来ることは、目の前の日常生活をしっかり送ることだけだ。

 夢も見ず、ミランダから連絡もないまま、日は過ぎていった——。


 ♢


 9月。

 遂に、変異型のウイルスが国内に出現し、かつてないほど感染者数が増加していた。

 医療体制は逼迫ひっぱくし、感染しても入院できず自宅待機になる人も多数。適切な治療を受けられず重症化してしまう人も日に日に増加している。


 飛田はというと、健康的な生活のおかげか、まだ感染せずに済んでいた。作曲依頼をこなしつつ、給付金、借り入れで何とか過ごしていたが——勇者としての使命が未だに果たせていないことに、不安を感じていた。

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