6.初めての仲間


「お疲れのようですな。ワシの家で休んでもよろしいですが、コハータ村の“宿屋”には美味しいご飯があります。勇者ミオン様、いかがなさいますか?」

「……では、お腹も空いたので、宿屋にしましょう。腰の方は大丈夫ですか?」

「今は平気です、ありがとうございます。では、宿屋に向かいましょう」


 コハータ村に戻った飛田勇者ミオンとマーカス。2人は、丸太を組んで建てられたログハウス風の、2階建ての宿屋に到着した。

 マーカスが扉を引くと、チリンチリンと鈴の音が鳴る。


「……あ! お客さんだよ、お母さん! ……ゲホゲホッ」


 玄関にいたのは、10歳ほどの少年だった。

 マッシュルームカットにされた艶のある金髪に、白い肌。水色の長袖トレーナーに、半ズボン姿。トレーナーには、兎のようなキャラクターの刺繍が大きく施されている。

 そんな彼が咳き込みながら、階段を上って行った。


 壁には、マーカスが持っていたものと同じ“勇者ミオンの絵”が飾られていた。絵の中の勇者ミオンは、勇ましい表情でただただじっと遠くを見つめている。

 

「……あの少年も、何かしらの病を抱えているみたいですな。勇者ミオン様、一刻も早く“ゴールデン・オーブ”を取り戻し、“生命の巨塔”を修復し、人々の病を治さねばなりませんな」

「……そう、ですね」


 描かれた勇者ミオンとは対照的に、本物の飛田勇者ミオンは俯き、ため息をついた。

 その時、階段を、ゆっくりと下りる足音が耳に入る。


「お待たせして、すみません。お二人ですか? すぐにお部屋の支度しますね」


 少年の母親が、少年と一緒に階段を下りてきた。彼女の片方のふくらはぎが、腫れて膨れ上がっている。

 それを見た飛田ミオンは、唇を噛んだ。


 自分は本当に、“勇者ミオン”としての務めを果たすことができるのか——。

 “ゴールデン・オーブ”を取り戻す? “生命の巨塔”を修復して人々の病気を治す?

 そんなの、自分なんかには無理なんじゃないか——。


 疲れもあって、考えがどんどんマイナス思考になってしまっていた。


 少年の母親は足を引き摺りながら、再び階段を上っていく。先にドタドタと階段を昇って行った少年の声が、2階から聞こえた。


「お母さん、ベッドとか用意しとくね! ゲホッ……」


 2人とも辛そうなのに——。

 飛田ミオンは手伝おうと、慌てて階段を上ろうとした。が、マーカスは制止する。


「勇者ミオン様、無理をしてはなりませぬ。もし勇者ミオン様がここで倒れられては、他に“生命の巨塔”を直せる者はおりませぬ。どうか、お休みになることを優先してください」

「……分かりました、すみません」


 掛け時計の長針が2つ進み、午後5時の鐘が鳴った。

 少年と母親が、再び階段を下りてくる。


「お待たせしました。お部屋の支度が出来ましたので、どうぞお休みください。食事の時間は午後6時半ですので、時間になりましたら1階の食堂にどうぞ。棚の中にはお着替えもご用意しております。それではごゆっくり」


 母親は茶色いフワフワとしたロングヘアーを括ると、辛そうに顔を歪めながら、片足を引き摺り厨房へと入って行った。


 飛田ミオンとマーカスは靴を脱ぎ、2階への階段へ歩いていく。

 その間、金髪の少年はじっと、飛田ミオンの顔を眺めていた。


「……あの顔、もしかして……!」



 ドアを開けたら、そこはほのかに木の匂いが香る4畳くらいの部屋。ベッドが2つ、丸いテーブルが1つ。小さなランプが2つ。ふかふかのソファに、ロッキングチェアもある。

 飛田ミオンはまず鎧を脱いだ。体がスッと軽くなる。次いで汗臭くなった服を着替えようと、部屋の端にある洋服棚を開けた。

 するとそこに、金貨1枚が入っているのを発見したのである。


「……こんなところにお金が?」

「おお、ラッキーですな。もらっておくが良いですぞ」

「えっ、そ、それは……」


 他人の家にあるものを勝手にもらうのは泥棒である。飛田ミオンは良心に従い、金貨を棚に戻した。


 着替えを済ませた飛田ミオンは、ベッドで横になる。マーカスはロッキングチェアに揺られながら、パイプをふかしていた。

 タバコの煙が苦手な飛田ミオンは少し咳き込み、窓を開け外の空気を吸う。日は沈み、空は藍色に染まっていた。


 1時間ほど経った頃。

 コンコンと、扉をノックする音が聞こえる。


「はーい」


 飛田ミオンは立ち上がり、扉を開けた。

 そこにいたのは、先程の少年。


「おじさん、“勇者ミオン”様でしょ!?」


 無邪気な笑みを浮かべた少年に話しかける。

 飛田ミオンはためらうことなく頷いた。


「ええ、そうですよ」

「やっぱり! 伝説の勇者様が来てくれたんだ! 僕とお母さんの病気も治るんだ! やったあー! ……ゲホッゲホッ!」

「……だ、大丈夫ですか?」


 途端に咳き込む少年。喉からヒューヒューと喘鳴ぜんめいがする。

 飛田ミオンは、この少年が喘息ぜんそくであることを理解した。

 喘息は重症化すると、命に関わる病気である。飛田は喘息に罹ったことはないが、その大変さはある程度、理解していた。


「……大……丈夫。僕は【ラデク】。いつか、“伝説の勇者様”と冒険をしたいと思ってたんだ……ゲホッ。その日が来るまで、【戦士】になるために剣術を練習してて……。やっと、夢が叶うんだね!」

「ラデクくん、ですね。ラデクくんは、私と冒険がしたい、と……?」

「うん! ねえ聞いて、勇者ミオン様!」


 “勇者ミオン”と共に冒険できると知り、途端に元気になる少年ラデク——。

 飛田ミオンは微笑みながら、彼の言葉に耳を傾けた。


「村はずれにある【竜の洞窟】に向かって、ドラゴンが空を飛びながら、金色に光る玉を運んでいったのを目撃したんだ! あれ、絶対、“生命の巨塔”にあった“ゴールデン・オーブ”だよ! ねえ、一緒に取り返しに行こうよ!!」


 パイプの煙をくゆらせながら、ラデクの話に聞き耳を立てていたマーカスは、ロッキングチェアから腰を上げ、歩み寄る。


「勇者ミオン様、良かったじゃないですか。はじめての“仲間”ですぞ」

「ええ。しかしマーカスさん……、こんな子供が、命懸けの旅に……」


 ラデクの眼は、キラキラと輝いていた。

 飛田ミオンは、本当に彼を連れて行っていいものか決断を下せずにいたが、その眼力に押され、渋々了承する。


「わかりました。お母さんに聞いて、OKなら一緒に行きましょう」

「やったあ! えっとね、知り合いに【サラー】っていう【魔法使い】のお姉ちゃんがいるんだ! 明日、誘ってみるね!」


 ラデクのテンションは、火がついたようにさらに上昇。少し顔が赤くなっている。

 飛田ミオンは「子供ってやっぱり、無邪気で可愛らしいですね」と小さく笑う。すると、マーカスは「ははーん、なるほど」といたずらっぽい表情を見せた。


「えへっ! 勇者様と冒険、楽しみだなあ……! あ、そうだ。もう夕ご飯の時間だった! 食堂に案内するね!」


 顔を赤らめたまま、嬉しそうにしているラデク。

 マーカスが、そんな彼をからかう。


「ほっほ、やはりラデクくんはサラーさんのことが大好きなんですね」

「ちょっ……! そんなんじゃないやい! もうっ早くご飯食べに行くよっ!」


 ラデクはバタバタと、階段を下りて行ってしまった。

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