5.破壊されし生命の巨塔


 “ダイゴの森”——。

 何十メートルもの高さに育った木々。鼻をくすぐる、土や葉の匂い。木漏れ日が優しく射し込み、近くではせせらぎが歌を奏でている。


 森に足を踏み入れた飛田とびた、マーカス。

 まるで別世界のような自然の美しさに、思わず見とれてしまう。

 だが、そんな風景にミスマッチな物が地面に転がっているのを、飛田は目にした。


「……は、白骨死体! こんなところで遭難した人が……?」


 地面に転がる、白骨化したしかばね

 だが——それは、ただの屍ではなかったのである!


「勇者ミオン様、こいつは魔物の【ガイコツ】です」

「え、魔物なんですか……?」


 そう言っている間に、地面に転がる白骨死体が、ガシャ、ガシャ、という音と共に動き出す!

 瞬く間に、白骨が人型に組み合わされ、手に持った銅でできたつるぎを、飛田の方に向けた。


「この魔物は少し危険です……! 勇者ミオン様、注意してくだ……ぐふうっ、こ、腰が!」

「マーカスさん、大丈夫ですか!」


 マーカスには腰痛の持病があることを、飛田は思い出した。突然の痛みのあまり、よろめくマーカス。曲がっていた腰が、さらに丸くなる。

 ガイコツは幸い動きは鈍い。飛田はマーカスを支え、近くの切り株に座らせた。


 ガイコツは銅の剣を構えながら、壊れたロボットのように徐々に迫る。

 飛田は勇気を振り絞り、棍棒を構えた。


「……せいっ!」


 思い切ってガイコツの頭めがけ、一撃を加える。

 ガイコツの頭は吹っ飛び、岩場にぶつかって粉々に砕け散った。

 ホッとした矢先、冷たい感覚が頬に走る。瞬間、赤いものが革の鎧に数滴垂れ落ちた。

 ガイコツの胴体は動きを止めることなく、振りかざされた剣。その刃が、飛田の頬をかすめたのだ。

 

「い……つう……! ……てやあああ……!」


 それでも怯むことなく、飛田はガイコツの胴体を2発、棍棒で殴りつける。

 ガイコツのあばら骨が粉々になり、周囲に飛び散った。

 最後に脚の部分を殴りつけ、こちらも粉砕。

 するとガイコツは金色に輝く鱗粉のような光となり、天に昇っていった。


「はあ、はあ……、倒し……ました……」

「勇者ミオン様、頬から血が……。“薬草”をお使いください!」

「は、はいっ……!」


 飛田はカバンから、先ほど購入した薬草を取り出し、よく分からぬまま傷口に押し当てた。するとみるみるうちに傷が塞がり、血が止まっていく。

 傷が治ると、薬草は光となって消滅してしまった。


「薬草はさっきのようにちょっとした怪我はすぐに治してくれます。病気治療にも使えますが、慢性の病気の場合は症状を一時的に抑えるだけで、根治こんちはできません。ワシもさっき薬草を使い、腰痛がおさまったところです」

「なるほど……」


 頬の傷は治った。……が——。


「……い、痛っ……!?」


 マーカスの腰痛を見て、まるで思い出したかのように再び、脇腹の痛みが襲ってきたのだ。

 飛田はすぐに、薬草をもう1枚、脇腹にあてがった。


「……あ! 本当ですね……少しだけお腹の痛みが引きました。でも、もう薬草を2枚も使ってしまいましたか……」

「勇者ミオン様、見てください。ガイコツは、宝箱を持っていたようですぞ」


 飛田は、ガイコツが倒れた場所を見てみた。

 するとそこに、またもゴールドと、何と小さな宝箱が落ちているのを発見する。

 飛田は宝箱を開けた。中には何と、薬草が1枚入っていた。


「薬草1枚と、金貨1枚……つまり100Gですか。助かります。これなら多少怪我をしても大丈夫ですね」

「勇者ミオン様、少しずつ慣れてきたようですな。その調子です」


 再び、森の奥へと足を進めようとした時だった。

 飛田は、全身に電撃が走るかのような、ビリビリとした感覚があることに気付く。

 その感覚は、だんだんと強まっていく。


「な……何なんですか、これは……!」

「勇者ミオン様! それは……! さあ、あの木にでも向けて、その光を放つのです!」

「こう……ですか! ……って、うわあ!」


 突然、飛田の全身が白く光り輝いた。

 すると!

 全身から飛び出した白いエネルギー波が球状になって流星の如く飛んで行き、木の幹に衝突。幹は破裂音と共に砕け、細い木はガサガサと音を立てて倒れた。


「……こ、これは」

「【ドルチェ】という魔法です! これは、“勇者”にしか使えない魔法! やはりあなたは、世界を救う“勇者ミオン”様、本人でした!」

「……私が……」

「勇者ミオン様は、最強の魔法、【パフェ】を使うと預言されています。今の魔法、“ドルチェ”をしっかりと鍛え上げパワーアップすると、“パフェ”を使えるようになる……と言い伝えられております。……勇者ミオン様、期待しておりますぞ!」

「魔法? パフェ? ……私は、一体……」


 飛田とびた優志まさしイコール、“勇者ミオン”——それは確定してしまった。

 飛田はまだ、その事実が飲み込めない。

 今のが魔法? 世界を救う? そんな大きな使命を自分なんかが受け持って良いのか——?


 考えている間に、森を抜けた。


 ♢


 森から出ると草原になっており、そこに高さ10メートルほどある、崩れた赤レンガの塔が建っていた。

 塔の後ろは崖になっており、その向こうには海が広がる。


「あれが、“生命の巨塔”です……」


 無惨にも破壊された“生命の巨塔”——。

 塔の根元には、崩れたレンガの山。塔の真ん中あたりで崩壊したらしく、崩れる前は高さは15〜20メートルはあったと思われる。


「ここまでひどく壊されているとは……2つの【ゴールデン・オーブ】も、持ち去られてしまっている……!」

「ゴールデン・オーブとは、一体?」

「塔の両脇に安置されている、塔のエネルギーの源です。……勇者ミオン様、どうか2つのゴールデン・オーブを取り戻してはくれませぬか?」

「え、えええーー!?」


 マーカスの無茶振りに、飛田勇者ミオンは思わず声を上げる。


「ど、どうやって取り戻せば……。それに、一体誰が持ち去ったのでしょう?」

「それはワシも分かりかねます……。一旦村に戻り、手掛かりを集めるとしましょう!」


 生命の巨塔の惨状を知った飛田ミオンとマーカスは一度、コハータ村に帰ることにした。


 ♢


「その調子ですぞ、勇者ミオン様!」


 森の中に潜んでいたスライム、ガイコツ、そして体長3メートルほどもある【なめくじ】を、棍棒や“ドルチェ”で次々と倒す勇者ミオン——飛田優志。

 怪我をしたり脇腹が痛んでも、薬草ですぐに治療する。戦闘のコツも、少しずつ掴んできたようだ。

 この間、580Gと薬草3枚を手に入れ、2人はダイゴの森を抜けた。



 ようやくコハータ村に帰ってきた飛田ミオン、マーカス。

 慣れないことをしたため、飛田ミオンは精神的にも肉体的にもクタクタになっていた。

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