7.出発前夜


 美味しそうな匂いに満たされた、1階の食堂。

 ラデクの母親メルルが作った夕ご飯のメニューは、特製デミグラスソースのかかったチーズ入りハンバーグに、キャベツのサラダ、皿に盛られた炊きたてライス。

 四角いテーブルの上に4人分、用意されていた。


「どう? 勇者ミオン様! おいしいでしょ?」


 ラデクが、飛田ミオンの目をじっと見ながら言う。


 普段インスタント食品ばかり食べていた飛田ミオンは、ラデクの母親手作りの料理の味に、ただただ舌鼓を打つばかりだった。

 ただ、電気も使われていないようなこんな村で、このような現代風の料理が出てくることに多少の違和感を覚える——が、今はそれを口には出さなかった。

 

「いやあ、これは美味しいですね。ところでラデクくん、さっきの“竜の洞窟”とは一体?」

「マーカスおじちゃん、説明してあげて!」


 ラデクに話を振られたマーカスは、赤ワインをクイッと飲んでから答える。


「村から徒歩15分のところにある“竜の洞窟”は、現在は魔物の巣になっており、立ち入り禁止区域です。かつては、村の若者が修行のために使っておりました。“竜の洞窟”の奥にある“精霊石”を採取してきて、初めて自立した大人として認められていたのです」

「マーカスさんも、昔は“竜の洞窟”で修行をされていたのでしょうか?」

「ええ、行きましたとも。しかし、今はすっかり魔物が蔓延はびこるようになり、その制度は廃止され、立ち入り禁止になりました」


 マーカスのその言葉に、飛田ミオンの食事の手が止まる。

 

「しかし、“ゴールデン・オーブ”が“竜の洞窟”に運ばれて行ったからには、勇者ミオン様! ここは行くしかありませぬぞ!」

「勇者ミオン様、大丈夫だよ! 僕もついてるから! それに、サラーの魔法があれば、もう無敵だい!」


 だが、意欲満々のラデクの顔を見た飛田ミオンは大きく頷き、ハンバーグの最後の1かけらをフォークで突き刺した。


「……分かりました。それが私の使命なのであれば……、精一杯やらせていただきます」


 そう言ってから、口にハンバーグを放り込む。

 マーカスは頷き、また赤ワインをグラスに注ぎ始めた。


「村の者には、ワシから話をつけておきましょう。勇者ミオン様がいれば、魔物など怖くはありませんぞ」

「ゲホッ……僕も頑張るから!」


 ——ということで、まずは“生命の巨塔”から持ち去られた2つの“ゴールデン・オーブ”を取り戻すため、“竜の洞窟”に向かうことが決まった。


「ごちそうさまでした。美味しかったです」

「いやあ、メルルさん。美味いワインでしたよ。また飲みに来ます」

「お母さん、ごちそうさま! ……あ、お母さん! えっと……」


 ラデクは、飛田ミオンとともに旅に出ることをメルルに伝えた。

 うまく言えず、目を潤ませながら身振り手振りをつけて必死に説明するラデク。

 うんうんと、頷きながら話を聞いたメルルは——。


「心配だけど、ラデクの夢だったものね。応援するわ。気をつけてね」


 快く、承諾した。


「やったあー! じゃあ、勇者ミオン様、よろしくね! ……ゲホゲホッ」

「……ラデクくん、一緒に頑張りましょう。でも、無理はしないで下さいね」


 ラデクが、こうして仲間になった。

 ラデク、11歳。“勇者ミオン”と旅に出ることをずっと夢見ていた、金髪の少年剣士。

 これは命懸けの旅——ラデクをしっかり守って、無事にこの宿屋に帰すことを、飛田ミオンは心に決めたのだった。


 夜のコハータ村。

 空には満天の星空。虫たちの鳴き声と、時折吹く風の音だけが聞こえる。


「ではワシは、そろそろ帰ります。娘の様子も見なければなりませんから」

「そういえばマーカスさん、娘さんは胃腸炎で熱を出していたって……1人にして大丈夫だったのですか?」

「日に2回、医者様が来てくださってますので、ご心配なく。また何かあったら、いつでも訪ねてきてください。それでは勇者ミオン様、ワシはここで失礼致します」


 夜9時30分。飛田ミオンは玄関までマーカスを見送る。メルルとラデクは1階の部屋に戻り、寝る支度をしている。


 1人、2階の部屋に戻った飛田ミオン

 怖いぐらいの静寂。

 不安もあるし、脇腹の痛みも相変わらずだが、疲れた頭で考えるのをやめ、お風呂に入ってすぐに眠ることにした。


 ♢


 翌朝——。

 カーテン越しに入り込む陽射し。ふんわりと天使のように飛田ミオンを包み込む、木の匂い。

 飛田ミオンは目をこすりながら窓を開けた。澄んだ田舎の空気が、風に乗って部屋に入ってくる。


 ノックの音。すぐにドアの向こうからラデクが姿を見せる。


「ゴホッ……勇者ミオン様、おはよう!」

「ん……おはようございます、ラデクくん」

「パン焼けたから、食べに行こ!」


 食堂で朝食のバタートーストとスープを、メルル、ラデクと共に食したら——出発の支度だ。


「気をつけてね、ラデク。無理しないでね。勇者ミオンさん、どうかラデクをよろしくお願いします」

「お母さん、絶対村のみんなの病気を治してみせるから!」


 飛田ミオンは、柔らかな笑顔で見送るメルルに一礼する。


「はい! しっかりラデクくんを守って、無事に帰ってきます」


 ラデクと共に宿屋を出た飛田ミオンは、そっと玄関の扉を閉めた。チリンチリンという鈴の音は、飛田ミオンたちの旅立ちを小さく祝福するかのようであった。


 まずは、ラデクの知り合いである魔法使いのサラーに会いに行くところからだ。

 コハータ村の門から一番遠く離れ、畑に囲まれた木造の民家に、飛田ミオンとラデクは足を進めた。


 到着し、ラデクは玄関のドアを叩く。


「サラー、来たよ、ラデクだよ。サラー!」


 だが、返事がない。


「おかしいなあ。ドアが開いてるから、入ろう」


 ラデクはドアをバタンと開け、家の中に入って行った。飛田ミオンはその後を追って中に入る。


「え、サラー……?」


 そこで目に入ったのは——。

 床に横たわったまま動かない、ブロンドのロングヘアの、女性の姿だったのだ。


「サラー! サラー!!」


 ラデクは慌てて、女性のもとに駆け寄った。


————————


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