17.超肥満男子とアイドルの卵、異世界へ


あいちゃん、ゆうちゃん、練習お疲れ様。君たちのオリジナル曲を、このオッサンが書いてくれることになったぞ」


 笑う外園に、飛田とびたは指を差された。


「あ! こないだのおじちゃん!」

「お兄さんでしょ、愛音あいね


 悠木ゆうき愛音と雪白ゆきしろ友莉ゆうりは少しの間やいのやいのと言い合ったのち、2人揃って飛田に頭を下げる。


「「よろしくお願いします、飛田さん!」」

「こちらこそよろしくお願いします。……いやあ、いい子たちですね、マスター」

「ああ。この子たちの未来への道を、俺たちが作るんだ。ウイルスの中だが、みんなで力合わせて乗り切ろう! さあ、店閉めるからみんな外に出た、出た」


 作曲依頼の話も終わり、飛田たちがロビーに出ようとした、その時——。


「マスターぁ、パスタ下さいぃ! 5人前ぇ!」


 体重100キログラムはゆうに超えているであろう太っちょの青年と、スタイルの良い茶髪ポニーテールの女性が、エントランスから入ってきた。


「もう、浩司こうじ食べすぎ! 治す気あるの?」

「いいじゃないかぁ邦子くにこぉ!」


 2人はエントランスの前で言い合っている。浩司という名の男性がとにかくデカいため、出入り口が完全に塞がれてしまっている。


「ほらほら、2人ともそんなとこで言い合ってないでとにかくテーブルのとこ行って座れ。もう今から店閉めようと思ったんだが……まあいいか。15分程待ってね。玉城たましろお前、また1人で5人前食うのか。今日は1人前で我慢しろ」


 渋々、外園は厨房へと入って行った。



 飛田、悠木、雪白も、ちゃっかり便乗してパスタを注文していた。

 飛田は、隣のテーブルに座った邦子という名の茶髪ポニーテールの女性に話しかけられる。


「お見苦しいところをお見せしてごめんなさい。彼は【玉城たましろ浩司こうじ】。私は【塚腰つかごし邦子くにこ】です」


 塚腰は、飛田たちに向かい軽く頭を下げる。彼女は20代半ばほどだろう。

 隣に座る大男、玉城はマイペースな性格なのか、じーっと厨房でパスタを作る外園マスターの方を見ていた。


「なるほど、食欲が抑えられずに肝炎が悪化して……」


 半ば愚痴にも近い塚腰の話に、飛田は耳を傾ける。

 玉城と塚腰は、“OFFBEAT”の常連らしい。

 2人は結婚を控えているが、玉城は肝炎と診断され、医師から食事制限を言い渡されているらしい。

 塚腰はそんな玉城に「これ以上太っちゃ嫌!」と言い続けているが、彼の体重は日に日に増えるばかりだという。


「お医者さんが口を酸っぱくして言っても、食べ続けるんです。全く……」

「だってさぁ、美味しいもの食べてる時って幸せじゃぁんかぁ」


 玉城は子供のように頬を膨らませる。元々大きな顔が、さらに大きく見えてしまう。


 玉城も塚腰も28歳だという。

 このまま結婚したとしても、旦那さんは病気のまま。もし子供が育つ頃に旦那さんが入院生活になったとしたら、奥さんはたまったもんではないだろう。

 2人の問題を解決するための、いい手段はないだろうか——。

 

 考えていると、飛田の脳内で電球がピカリと光り輝く。


「そういうことなら! いいお医者さんを紹介しますよ」


 ポンと手を打った飛田は、塚腰の目を見る。


「いいお医者さんですか? これまで病院を転々としたんですけど、どこ行ってもダメで……」


 塚腰はため息をつく。

 しかし飛田は、自信満々に言い放った。


「異世界にある、ねずみさんのお医者さんです!」


 ——OFFBEATの店内に響く音が、パスタを油で炒める音だけとなった。

 飛田の背に、冷や汗が1つタラリと垂れる。


(しまった、勢いに任せて言ってしまいました……。バカだと思われたかも知れないです。玉城さんにも塚腰さんにも、悠木さんにも雪白さんにも……)

「ふぁっ!? ねずみさんの国ですかぁ!? 是非行ってみたいですよぉ!」


 ところが、さっきまで厨房をじっと見ていた玉城が、目を輝かせながら飛田の方に向き直った。

 さらに。


「異世界!? ねずみさん!? 楽しそうー!! ね、一緒に行こ、友莉!」


 悠木も嬉しそうに、雪白の肩をバンバン叩いてはしゃぎ始めた。


 雪白は悠木に叩かれ続けながら、呆然としつつ視線を塚腰に送る。塚腰も半笑いになりながら雪白と視線を合わせていた。

 飛田は、しどろもどろになってしまう。


「あ……あの、この後でその世界に案内しますから……あ、パスタが出来たようですよ」

「はい、お待ちどう」


 タイミング良くパスタができ、飛田は胸を撫で下ろす。

 外園は、和風パスタ5人分を、順次テーブルに載せていく。


 その後は外園も入れて、6人は和気藹々と軽食の時間を楽しむのだった。

 1分経たずに完食しようとする玉城は、「よく噛んで食べなさい」と塚腰に叱られ続けていた。


 ♢


 OFFBEATを後にした飛田、悠木、雪白、玉城、塚腰は、近くにある、誰も居ない公園へと移動した。


「こうやって……ミランダさん、来てください!」


 木陰で、飛田は風の精霊ミランダを呼び出す。その様子を、4人はポカンとして見ている。

 やがてミランダが、7色の光に包まれながら姿を現した。


「久しぶりね、優志まさしくん!」

「キャーッ! 本物の妖精さんだぁー! ねえ、触っていい?」


 大はしゃぎする悠木に驚いたミランダは、弧を描いて逃げる。


「ちょ……ちょっと君! 急に大声出さないでよ……」

「ごめーん! えへへ。わぁ、妖精さんとお話しできちゃった!」


 雪白が「こーらー、愛音!」と言いながら悠木をミランダから引き離す。

 その間に飛田は、懸念していた事をミランダに尋ねる。


「ミランダさん、ワープゲートへ干渉している魔王の力の影響は、どうですか……?」

「大丈夫! 精霊界の女王様の力で、魔王の力はもう完全に防げたから! ただ、まだ完全復旧は出来てなくて、時間調整はまだ出来ないの。でも安全は保証するわ!」

「分かりました。なら大丈夫ですね」


 飛田は、待っている4人の方へと振り返る。


「風の精霊ミランダさんです。今からミランダさんに、ワープゲートを出してもらいます。そこをくぐれば……言葉を話すねずみさんたちの世界です。……行きますか?」

「行くー! わーい! 何か夢みたい!」

「行こう行こうぅ。わぁーいぃ」


 悠木と玉城は即答だった。

 悠木に腕を引っ張られる雪白と、はしゃぐ28歳男を見てため息をつく塚腰も、渋々了承する。


「じゃあミランダさん、お願いします!」


 飛田の言葉を合図に、ミランダは呪文の詠唱を開始。

 虹色の光が集まっていき、公園の地面に光の円が現れる。


「はい、ここの上に乗ったらワープを開始するわ。さっきも言ったように時間調整が出来ないから、アイネちゃんとユーリちゃん……だっけ? 2人はすぐに帰るって約束ね!」

「はーい! ありがと、ミランダちゃんッ! 行こ、友莉!」

「ちゃんと約束守るのよ、愛音!」

「わぁー、ねずみさんの世界ぃ、ワクワクだぁ」

「まるで夢見てるみたいね……」


 こうして飛田、悠木、雪白、玉城、塚腰は、ねずみたちの世界へと旅立つことになった——。

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