16.新型ウイルス変異株


 5月も半ばになると、流行を続ける新型ウイルスにも変化が起き始めていた。

 何と、ウイルスの変異株が何種類も現れ、世界各国で種類の違う新型ウイルスが流行し始めたのである。


 多種多様な症状を引き起こすもの、麻疹をも上回る感染力を持つもの、治癒後に何年も続くような後遺症を引き起こすもの、さらには免疫そのものを破壊するものなど——もはや現代医学では手がつけられないほどにまで、新型ウイルスは幅を利かせていたのだ。

 人が大勢集まるイベントは全て中止となり、取り締まりの対象となった。

 “テレワーク”と称する、自宅でパソコンやスマホを使いオンラインで働くスタイルが広まった。


 それでも感染者数はもちろん、ウイルスによる死者数も右肩上がりに増加。日本においても、まだ若い20代、10代の死者の報告が出始めている。

 大袈裟な話ではなく、「人類が始まって以来の危機となるかもしれない」——世界中のニュースで、そう報じられるようになっていた。


 そんな中、飛田とびたはというと——。


「……あいてててて!! 痛いです……」


 “足ツボマット”を、一生懸命に踏んでいた。

 大小様々なプラスチックの凸凹を満遍なく踏むことで、足ツボマッサージと同じ効果が得られる健康グッズだ。

 政府から給付金が支給されたのだが、決して懐に余裕がある状態ではない。しかし健康は何より大事だと身をもって知ったため、ネット通販において2万円で購入した。


 先日見た夢のことは、もうすっかり記憶の彼方に埋没してしまっていた。


(痛い……でも足の裏がポカポカ温かいです。健康のために頑張りましょう……。それにしても、新型ウイルス……どうなるのでしょう。私はまだ感染してはいないですが……いつ感染してもおかしくない状況ですね。このままでは本当に人類が滅んでしまうかもしれないです……。体調も良くなったし、早く新型ウイルスの原因、邪竜パン=デ=ミールを正気に返すべく、戦いに行かなければいけません。ゴマくんたちはこうしてる間にも色々と作戦を考え、戦っています……)


 足ツボマットは、朝の習慣だ。10分ほど足踏みしてから、朝食をとることにしている。

 飛田は足踏みしながら先のことを考えていたが、1つ現実的に大事なことを思い出す。


(そうでした。前に、マスターに作編曲の仕事の話をしそびれたから、“OFFBEATオフビート”にも行かなくては)


 ライブハウス“OFFBEAT”のマスター、外園に連絡を入れてみる。

 今日はライブ本番がなく、ステージでの練習としてホールを貸し出しているので、いつ来てもいいとの事だった。


 ならば行こうということで、飛田は身支度を済ませ、マスクをつけ消毒用アルコールを携帯したのを確認し、玄関の扉を開けた。



 午後1時頃。

 OFFBEATの扉を開けると、聴き覚えのある歌声が飛田の耳に入った。

 ステージで歌の練習をしていたのは、以前ライブをしていた悠木ゆうき愛音あいね雪白ゆきしろ友莉ゆうりだ。


「マスター、おはようございます。今日はあの子たちの練習日だったんですね」

「おはよう、飛田くん。今日は君に相談があるんだ」

「え、相談……ですか」


 外園に呼ばれ、楽屋へと移動する。

 切れかけの蛍光灯が灯る、物が散乱した楽屋のテーブルで飛田は外園と向き合い、腰を下ろした。

 外園は改まった態度で、何やら書類を差し出しながら言う。


「あの子たちに、曲を提供してやってくれるかい? 私がギャラを払うので」

「え……あの子たちって、今練習してる2人に……ですか」

「ああ。愛音ちゃんと友莉ちゃんはこんなウイルスの中でも、頑張っている。俺はあの子らをブレイクさせたい。だから飛田くん、君のセンスを見込んで1曲、お願いしたいんだが、いいかな?」

「は……はい! 是非とも!」


 飛田は書類に書かれた諸々の条件を確認し、サインをした。外園もサインをし、契約完了。

 納品した曲の人気が出れば、月契約で継続して仕事をさせてもらえることになったのだ。さらに、オンラインで行う音楽講師業も紹介してもらえたので、金銭面の心配はこれで解消された。


「マスター、助かります。ありがとうございます! 精一杯やらせていただきます」

「いいんだよ、こういう時はお互い様だ。よろしく頼むよ」


 話を終わらせ、席を立った時——。


(……何か、いますか……?)


 楽屋に散らばったガラクタの中で、白いモフモフと、黒いモフモフがゴソゴソと動いているのが、飛田の視界に入った。


(ねずみ……ではないですよね)

「飛田くん、どうしたんだい?」

「あ、何でもないです!」


 結局モフモフの正体が分からぬまま、飛田は外園と共にホールへと戻った。

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