13.若き名医、田井中


「すっかり遅くなってしまいました。ミランダさん、ワープゲートはまだ大丈夫ですか?」

「精霊たちに協力してもらってるおかげで、魔王の力は何とか抑えてるから、まだワープゲートに影響は無いわ。元の世界の、優志まさしくんのお部屋に帰るのね?」

「良かったです。大変な時にすみません。よろしくお願いします」


 ハールヤの“手術”を受けた飛田は、再びミランダのワープゲートをくぐり、元の世界へと無事に帰ることができた。



 感染対策をしてスーパーに出かけた飛田は、食材をひととおり買い帰宅。母が送ってくれている野菜も使い、久々に手作りのカレーを作った。

 ぐうーと、腹の虫が鳴る。

 日々健康に近づいてきていることを実感しながら、出来上がったカレーを口にした。


「……美味しい。美味しいです!」


 若い頃のようにモリモリと食べた飛田は、取り戻した健康のありがたみ、心身が元気であることの大切さを改めて実感したのだった。

 

 もう、魔王との戦いに復帰しても大丈夫でしょう——。飛田はそう思うのだったが、以前に脳内の嫌な声——ポンタが囁いたことが、再び脳裏をよぎる。


『お前、見捨てられてるポンよ。戦いをサボっていたから、星猫戦隊コスモレンジャーからは呆れられて、もう歓迎されないポン……。見捨てられてるポン……お前は見捨てられてるポン……』


 ポンタの嫌な言葉が、脳内でリピートし始めた。


(ゴマくんたちと会うのは、正直怖いです。ですが、このまま何もしなければワープゲートが使えなくなるかも知れないです。勇気を出して、行かなければ……。病院での検査結果が大丈夫そうなら、今度こそ新型ウイルスの発生源——邪竜パン=デ=ミールを正気に戻すために、出向くことにしましょう)


 決意した飛田は数日後、松田病院での検査に臨んだ。


 ♢


「顔色が良くなりましたね、飛田様」


 主治医、田井中のにこやかな表情を見て、飛田も思わず笑顔になる。


「こちらが結果なのですが……血液検査の結果は全て正常値です。エコー検査でも、胆石はほとんど消えています。色んな患者さんを診てきましたが、こんな事は初めてです。びっくりですよ。やりましたね」

「……おかげさまで。田井中先生、ありがとうございます」


 食事、運動、睡眠などの生活習慣の改善、ハールヤに教わり毎日続けた“足裏セルフ手術”、そして信頼できる主治医、田井中の前向きな言葉——そのおかげで見事、飛田は健康な体を取り戻すことが出来た。


「これなら、入院も手術も必要ないでしょう。経過観察を続けましょう。薬も少し減らしましょうか。引き続き気を抜かず、その生活習慣を続けてくださいね」

「あの、足裏の反射区療法を始めたんです。それが効いたんですかね……? 念のためお聞きしますが、反射区療法は続けていっても大丈夫でしょうか?」

「ああ、あの痛いやつですね。大丈夫ですよ。私もやってますから。民間療法をされる場合、今みたいに相談していただけると助かります。効きますよね、あれ……私はお風呂上がりに、いつもやってますよ」

「分かりました、ありがとうございます。先生も、新型ウイルスにお気をつけ下さいね。……それにしても田井中先生に出会えてから、いっぺんに健康になれた気がしますよ」

「そう言っていただけて嬉しいです。……さて、飛田様に問題です」


 唐突に、姿勢を正した田井中。何やら、クイズを出すらしい。

 飛田は思わず身構える。


「医者が使う3つの治療道具のうち2つは、薬とメスです。あと1つは、何だと思われますか?」

「え……?」


 突然の問いかけに、飛田は目を泳がせた。

 田井中はいたずらっぽく笑い、その問いの答えを教えた。


「あと1つは……言葉です。最も大切なのは、言葉なのですよ。広い意味では、言葉と態度ですね」

「言葉と態度……ですか」

「医師の一言は時に、神の一言になり得ます。医師が眉を顰めただけで、患者様は不安になったりします」


 確かに、飛田は以前の主治医——中田から、「このままではお前どんどん悪化するで」みたいにネガティブな言葉ばかり投げかけられ、不安になり、実際に病状が悪化してしまった。

 主治医が田井中に代わってからは、飛田の心は安らぎを取り戻し、それに連動するように体調も良くなっていった。

 ——それは、真実だった。


「病状や検査結果は正しく伝えますが、どのような結果でも、患者様に前向きな気持ちになってもらうこと。私は常にこれを意識してますね」

「言葉が、薬になるのですね……。なら私は今後は、自分自身に、前向きな言葉をかけてみます」

「良い心がけだと思いますよ」


 予想以上に良い検査結果に安心した飛田は、田井中に深々と頭を下げ、診察室を後にした。



 待合室に戻ってきた飛田は、見覚えのある人物に気付く。

 余命宣告をされていた小説家志望の、中村なかむら英三郎えいざぶろうだ。

 彼は今、痩せ型で猫背の眼鏡をかけた怪しげな男性から、一方的に話しかけられている。マスクもつけずにべらべらと話され、中村は眉間に皺を寄せている。


「このキノコが、あなたの難病にも効くんですっ! あとは果物だけを食べることっ! そして週3回の断食をすれば必ず治りますからっ! 治すならこのやり方しかないですっ!」

「……迷惑なので向こうに行ってもらえるか」


 だがノーマスク男は引き下がろうとしない。

 迷惑な患者さんもいるのだなと飛田は思いつつ、椅子に座った。

 その時、飛田がつい先程まで耳にしていた、ハキハキとした声が聞こえた。


「その治療法は確かに効くかも知れません。ただ、だからと言ってむやみに人に勧めない方がいいですよ。それで万一その方の病状が逆に悪化した場合、あなたは、責任は持てますか?」


 田井中だ。彼は、ノーマスク男の肩をポンと叩く。

 ノーマスク男は「ひいっ!」と声を上げた。


「民間療法は、“標準医療と共存できる、安全で安価なもの”なら、選択するのも良いでしょう。その際は主治医に相談すること、そしてむやみに人に勧めないこと。覚えておいて下さいね。それから、マスクを着用しましょう」


 飛田の目には、爽やかな笑顔を見せている田井中の後ろで黒い炎がゴゴゴゴと音を立てて燃えているように見えていた。ノーマスク男の目にも、同じように映ったに違いない。

 ノーマスク男は言葉を失い、そそくさと待合室を出て行ってしまった。


 医師として、あるべき姿勢を貫く。飛田はそんな田井中に、さらなる信頼を寄せるのだった。

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