12.若者の不摂生


 飛田とびたは一生懸命に自分の足を揉みつつ、ハールヤの講義に耳を傾ける。


「生き物の体には、恒常性ホメオスタシスというものが働いておりまして、ある程度周囲の環境が変わっても生理機能が一定に保たれるようになっております。特に生命維持に関わる臓器には何重ものバリアがあり、そう簡単に壊れたりしません。さっき言ったように明るい心、適度な運動と食生活、睡眠を守っていれば、体は必ず元気になります」

「もっと、自分の体を信頼して、大切にしてあげるといいんですね……。熱が出たり咳が止まらない時などは辛いですが……」

「発熱、咳、下痢などもまた、自然治癒力です。体は一生懸命、悪い物を外に出そうとしているのです。ただその時、体は苦しいでしょう。本来、“出す”ことは、快感を伴うはず。涙、汗、尿や便……それらはスルッと出せれば、気持ちがよいでしょう。しかし咳や下痢、発疹などは辛いものです。それは、体に無理がかかっていた、あるいは体本来の機能が働かず、排泄が滞っていたというサインです。食べ過ぎ、ストレス、運動不足などが原因です」


 頷きつつ、この機会にと飛田は、長年抱いていた疑問をハールヤに投げかける。


「会社の決まりで、年1回の健康診断を受けているんですが……。結果だけ見ても、具体的にどう改善したらいいか分からないことも多いんです。よほど結果が悪いと、特定保健指導を受けられるんですが……面倒がって受けない人が多いみたいです。健康診断などは、どう活かせばいいのでしょうか」

「その健康診断というものがどういうものかは分かりませんが、何にせよ、ただ診断結果を見せて終わり……それでは何のために検査したのか分からないでしょう。その先の、生活指導こそが大事なのですよ。病気を治すだけではなく、こそが、我々医師の役割だと考えております。……飛田様の場合はやはり、前向きな気持ちを持つ、正しい食生活、適度な運動をされるのが良いですね」


 長引くハールヤの講義が終わるのを待ちきれなかったのか、扉を激しくノックする音が“手術室”に響いた。

 話に夢中になっていたハールヤは、少し慌てて扉を引く。


「いつまで待たせんだよー。ハールヤのじーさん、早く“手術”してくれや。体がダルくてしょーがねえんだよ」


 入って来たのは、ねずみの世界に移住してきた元ニャンバラの民である、おすのトラネコの、若者だった。

 毛並みは、すっかり艶を失っている。ほつれたセーターに、穴が空いてヨレヨレのジーンズを身につけている。


「すみません【ダスティ】様、しばらくお待ちを」


 ダスティという名のその猫は舌打ちをし、ズカズカと歩み寄ると、ベッドに乱暴に座った。

 申し訳なく思った飛田はすぐに靴下をはき、部屋を出る支度をした。そして深々とハールヤに頭を下げる。


「ハールヤさん、ありがとうございました。セルフ手術をしっかりやりつつ、生活習慣にも気をつけます」


 早くしろと急かすダスティのせいでハールヤは飛田に返事が出来ず、軽く頭だけ下げてニコッと微笑む。

 飛田も微笑み返し、“手術室”を後にした。


 扉を閉めてからも、ハールヤとダスティの会話が聞こえてくる。

 飛田は少しだけ、申し訳ない気持ちと共に彼らの会話を盗み聞きする。

 

「ダスティ様、肉球がカッチカチですねえ。どんな生活をしていたのでしょう……」

「え、魚ばっか腹一杯食ってる。夜は4匹ぐらいの女とヤリまくって、全然寝てねえ」

「まずは、生活を正すことです。自分の体を大切にする意識があって初めて、治るのですよ。その意識なしに“手術”しても、本当の意味で治ることはありません」


 若い時は無茶な生活をしがちだ。今が楽しければいい、そう思いがちだ。だが歳を取った時、ある日突然体を壊し、激しく後悔することになる。私みたいにならないで欲しい……そう思う飛田だった。

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