9.手術不可避


 帰宅し、大きなあくびをする。


(マスターが、2人のアイドルの卵との話に夢中で、仕事の話をしそびれてしまいましたね……)


 若き2人の少女の、夢に向かって頑張る姿——。

 その姿を見て、飛田は思うのだった。


(私の病気……自然に治すのには時間がかかりますし、その間ずっと痛みと悪化を恐れて過ごさなきゃいけません。ならやはり、いっそのこと、ちゃんと手術して治療して——気兼ねなく勇者ミオンとしての使命を務め、それから私の人生でやりたいことを、全力でやりましょう)

 

 田井中という素晴らしい医師と出会えたことで、手術の怖さ、現代医療への不信感が払拭されたのだ。


(そうだ。念のため、ハールヤさんにも相談しておきますか。明日、早速ミランダさんを呼んで、ねずみさんの世界へ行くことにしましょう)


 飛田は、湧き上がってきた希望を胸に、眠りについた。



 翌朝。

 朝食のおかゆとサラダを食した飛田は、早速ミランダを呼び出した。


「うん、まだワープゲートは使えるわ。でもなるべく早く用事を済ませてね。帰って来れなくなったら大変だから」

「大丈夫ですよ、ハールヤさんと少し話すだけですから。ねずみさんの世界へ繋げてください」


 ミランダが作り出した虹色のサークルが、部屋の床に広がる。

 飛田は迷うことなく、7色の輝きの中へと足を踏み入れた。



 着いた場所は、ねずみと猫が仲良く暮らす街、Chutopiaチュートピア2120にいいちにいぜろ

 自動的にねずみサイズになった飛田は、雪がちらつく商店街を小走りで駆け抜け、ハールヤの医院“Chutopiaチュートピア厚生医院”の扉を開けた。


 待合室には誰もおらず、飛田はすぐに診察室へと呼び出された。


「こんにちは、飛田様。ずいぶん顔色が良くなりましたね」


 ねずみの医師ハールヤは、にこやかな笑顔で飛田を迎えた。


「はい、ハールヤさんのマッサージのお陰でもありますし、私の住む世界でもいい主治医と出会えたんですよ」

「それは何よりです。主治医との信頼関係は大切ですからね」

「検査してもらったところ、症状もかなり良くなってました。このまま生活習慣を正して治そうということになったんです。ただ……治るまではやはり時間がかかるようで……。そこでハールヤさんに相談しようと思いまして」


 ハールヤが首を縦に振ったのを確認すると、ひとつ呼吸をしてから、相談内容を口にした。


「時間をかけて治すより、やはり手術をしようと思うんです。手術して、スッキリ治して、それからやるべきことに取り組もうと思うんですが……どうでしょうか」


 するとハールヤは、両手をポンと打って立ち上がる。


「そうですか。では早速……」

「え……?」


 ハールヤがパチンと指を鳴らすと、診察室の入り口から、看護師のねずみが3匹入ってきた。


「失礼しますね」

「術前の触診です」

「10分後にを始めますので」


 3匹の看護師ねずみにいきなり、肩、背中、太ももを触られ始めた。


「え、ちょ!? ちょっと待ってください!」


 ニコニコ笑顔のハールヤが、飛田の肩を優しくポンと叩く。


「飛田様、手術室へご案内します」

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