7.新型ウイルス、感染拡大


 胆石症が治りかけていることを知り、久しぶりにホッとした気持ちになった飛田とびたは、アパートの自室へと帰り着いた。


 入念に手洗いをし着替えを済ませ、ベッドにごろんと横になると、いつもの癖でスマホのニュースサイトに目を通す。


『止まらぬ感染拡大——新規感染者数、15府県で過去最多』


 ふと、2ヶ月前のことを思い出す。

 地底世界で、猫戦士たち——星猫戦隊コスモレンジャーと共に“邪竜パン=デ=ミール”と一戦を交えた——。


 星猫戦隊コスモレンジャーのリーダー、ソールが言うには——新型ウイルスが発生した原因は、地球に生きる生き物の遺伝子に方向性を持たせる役割を持つドラゴン——“パン=デ=ミール”が暴走し始めたためらしい。

 “パン=デ=ミール”が暴走、邪竜と化した原因は、魔王ゴディーヴァによる邪悪な力の影響だった。“邪竜パン=デ=ミール”は、既存のウイルスを変異させ強毒化し、全世界に流行させ始めたというのだ。


(感染拡大が続いているということは、邪竜パン=デ=ミールは、きっとまだ暴走し続けています。星猫戦隊コスモレンジャーの皆さんは、大丈夫でしょうか。私は……魔王の手から世界を救う使命を持つ、“勇者ミオン”です。そろそろ私も、戦いに行かなくては……)


 そう思った瞬間——脳内に、小馬鹿にするような口調で、謎の声が聞こえてきた。


『お前、見捨てられてるポンよ。戦いをサボっていたから、星猫戦隊コスモレンジャーからは呆れられて、もう歓迎されないポン』


 その声は——飛田の幼少時に周囲の人間から繰り返し聞かされたネガティヴな言葉が、具現化した存在——。

 心の奥底に潜み、何か行動するたびにネガティヴな言葉を幻聴という形で言い聞かせる——いたずらタヌキ“ポンタ”が、またも飛田の頭の中で囁き始めたのだ。


「……まだいたんですか。それでも、私は戦うんです。行かなきゃいけないんです!」

『とか言いつつ、本当は不安なんだろポン? ほら、まだ病気の身体で行っても迷惑かけるだけだポン。それにお前は金もないポン。ほらほら、その歳で金が無いのはヤバいポン。家賃も払えなくなって病院にも行けなくなって、ホームレスになって、誰も助けてくれなくなって、病気も悪化して、お前は野垂れ死ぬポン。ポンポコリン……』

「う……」


 本当に、そうなるかも知れない——。

 果てのない不安の闇に、飲まれそうになる。

 飛田は、すぐに深呼吸をする。心が段々と落ち着き、冷静さを取り戻すことができた。


(ふう……。いけません。落ち着いて考えましょう。折角病気が治りかけているのに、下手に動くとまた悪化するかも知れません。手術をしない決断をした以上、しっかり治るまで我慢です。焦ってはいけませんね……)


 そう考え、フッと息を吐いて心を引き締めた。すると——。


『……チッ。今回は騙せなかったか。つまんねえポン』


 脳内で囁く嫌な声は、ぱたりと聞こえなくなった。

 飛田は気を緩めず、これからの事を考える。


(仕事も得なければいけません。しかし毎日外に出続けるのは危険ですから、せめて部屋で出来る作編曲の案件を1つでも頂ければ……。そうだ! お世話になったライブハウス、“OFFBEATオフビート”のマスターに会いに行き、相談してみましょう。ライブハウスでも集団感染が出たりしてるから、早めに行かなきゃいけないですね。早速アポを取りましょう)


 飛田は久々に、若い頃から世話になっていたライブハウス“OFFBEAT”へと出向くことにした。

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