6.新たな担当医
(はあ……またあの医師ですか。「諦めて手術する気になったんか?」みたいに勝ち誇ったような顔で言われそうです。ただでさえ辛い話を聞いた後だというのに……)
気持ちを切り替えようと思った
そっと、診察室の扉を開けた。すると——。
「
若き男性の医師——田井中夏樹が、アクリル板の仕切りの向こうにある椅子から立ち上がり、頭を下げる。
年齢は40にも満たないだろう。
マスクで口元は見えないが、小さな目を細める様子から、笑顔なのが分かる。
田井中の顔を見ると、不思議と安心感が込み上げてくる。歳が近いせいもあるだろう。
ともあれ、担当医が変わったのである。
飛田はポカンとしていたが、すぐに「
「胆石症とのことですね。この後、いくつか検査をさせていただきますので……」
田井中の、マスク越しの優しげな声色、丁寧な言葉遣い、ゆっくりとした口調、仕草。それらは、飛田の不安な心をそっとほぐすかのようであった。
もしかしたら良い医師に出会えたかも——飛田はそんな期待を抱きつつ、諸検査に臨んだ。
♢
「飛田様、お疲れ様でした。痛みは、以前よりも和らいでいる感じですよね?」
検査後。
田井中からにこやかに話しかけられた飛田は、思わず微笑みながら返す。
「はい、ほんの時々痛むぐらいで。手術は嫌だったので、生活習慣を改善して何とか治そうと色々やってみたのですが……。でも、いっそ手術してスッキリしようという覚悟が、ようやく出来ました」
田井中は笑顔のまま頷き、飛田の話に耳を傾けていた。
そして、田井中が口にした検査結果——それは、意外なものだった。
「以前の検査の時と比べると、石が流れて随分小さくなっています。滅多に無いことなのですが、ここまで小さくなれば……無理に手術をする必要は無いでしょう。時間はかかりますが、生活改善で頑張っていきましょう」
「……ありがとうございます!」
意識せずとも、笑顔になる。
手術する必要がなくなった。心が風船のように軽くなる。
何か嬉しいことがあった時の子供のように、飛田は田井中に話した。
「実は、食事に気をつけて、体もしっかり動かして、マッサージを受けたりもしていたのです。……やはり、このような病気も自然に治るのですね!」
「はい、人間には自然に治る力があるんです。本当は手術した方がリスクは少ないんですが、飛田様は出来るだけ自然に治したいとお聞きしましたので、投薬治療と生活改善の方針にしましょう。生活改善は、意志力と時間が必要です。大体の方は、意志が続かずに諦めてしまったり、元の生活に戻ったりしてしまうんですね。飛田様は自分の意志で治すことを決意されていて、素晴らしいと思いますよ」
田井中に褒められた飛田は、自分自身と、自分の体の治癒力をより信じることができるようになった。
この人なら信頼できる——そう思った飛田は、以前の担当医の中田から自身の考えを全否定されていたことも、田井中に伝えた。
「前の担当医の方からは、まるで現代医療が全てみたいな言い方をされて、毎回失望してたんです。山のように薬を出されるし、それしか選択肢がないのか、と」
「あはは……中田先生の考えも分かるのですが、少し疑問もあるんです。ただすぐに治ればいいってもんじゃない、長生きできれば良いってもんじゃないという人も居られるでしょう。治らなくても臓器は自然のままにして生きたい、という人も。1人1人に人生観があるように、医療も1人1人に合った多彩なものを選べるような……そんなシステムになって欲しいと私は願っているんです。もちろん、
「すごく、共感します……。田井中先生に出会えて、良かったです。難しいですね、正しい医療情報を見つけ出すのは」
「世の中には、本質も知ろうともせず最もらしいことを言って批判ばかりする人、批判ばかりして代替案を言わない人もいますので、気をつけないといけませんね」
気付けば15分も、田井中と談笑していた。早く切り上げなければと思った飛田だが、最後に新型ウイルス対策について質問を投げかけた。
「ニュースでは、国民みんなワクチンを打つことになりそうですね。打てばウイルスにやられずに済むのでしょうか?」
「ワクチンは重症化予防が目的で、打ったからといって
「ありがとうございます……。ワクチンは危険だ、みたいな説は見かけたことがあります」
「ワクチンも薬も、リスクが全く無いかというと、そうではない。しかし、ワクチンや薬を使うことで命の危険や健康を損なうリスクを減らせるメリットが得られるなら、ワクチンや薬を使うべきでしょう。メリットがデメリットを上回ったと判断した場合、私たちはワクチンや薬を使用することになります。もちろん、患者さんの人生観と相談した上で、です……。このことについては、またお話しましょう」
「田井中先生、ありがとうございました。今後ともよろしくお願い致します」
飛田は、笑顔で見送る田井中に最後まで丁寧に頭を下げ、診察室を後にした。
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