4.世の中が変わった


 4月中旬——。

 新型ウイルスは、さらに猛威を振るっていた。


 4月初旬には国内の感染者は3,000人ほどだったが、中旬になると感染者は10,000人以上に急増。

 政府から日本全国に“緊急事態宣言”が発出され、ニュースでは「不要不急の外出は控えるように」というワードが、耳にタコが出来るほどに繰り返される。


 街を行く人々はマスクを着用し、建物の入り口には消毒用アルコールが常設されるようになっている。


 世の中が、すっかり変わってしまった——。




「嘘です……よね?」


 緊急事態宣言で外出する人口が減った影響により、飛田とびた優志まさしが働いていた居酒屋は倒産。

 飲食店のみならず、レジャー施設や宿泊業なども次々と倒産していく。


「この先、どうすれば……」


 人とも会わず、SNSにも疎い飛田は人々と疎遠になり、個人事業である作編曲の依頼も全く来なくなってしまった。


『聞いて優志ー、俺感染してしもたー笑。今からホテル療養だー笑』

『いや、それは私とLINEなんかしてないでちゃんと休んでください!』


 飛田の知り合いにもちらほら、新型ウイルスに罹患する人が出始めていた。

 40℃の熱が何日も続く、物が食べられないほどに喉が腫れる、呼吸困難になるなど、インフルエンザとはまた違った症状の数々を、知り合いから聞かされ——。

 さらに、“ブレインフォグ”という、熱が下がった後にも物事が思い出せない症状や、息苦しさ、痙攣、脱毛、味覚障害が1ヶ月以上続くなど、聞いたこともないような後遺症が残ること。そして若い世代にも重症化したり死亡する例が出始めたこと。

 それらをニュースで知り、新型ウイルスの恐ろしさを飛田は目の当たりにしたのだった。


 “3密——密集、密閉、密室——を避ける”、“ソーシャルディスタンス”という新しい言葉が流行る。人と会うことすら、難しくなった。

 外国へ旅行するのはおろか、県を跨ぐことすら危険だと言われるようになった。

 人と繋がらなければ仕事も入ってこない。収入は途絶え、貯金もどんどん減っていく。


 健康を取り戻し元気な心身で、もっと沢山の人と出会いたい——。

 何千人もの前で、コンサートをしてみたい——。

 仲の良い友人と、世界の観光名所を旅したい——。

 大きなログハウスを購入し、地下にスタジオを作って、作曲業にいそしみたい——。

 

 将来に向けて積み重ねてきた物が、計画が、夢が、音を立てて崩れ去って行く。


(折角健康に気を使い始めたのに、お金がなくなれば身体に良い食品は買えなくなるし、病院にも行けなくなるじゃないですか。政府からの給付金とか貸し付け政策を待つしかないのでしょうか……)


 金の無い者は、健康になる資格はないのか——。


 ふと鏡を見た飛田は、明らかに肌のハリがなくなっていることに気付く。目元がたるみ、ほうれい線はくっきり。元々ちらほらとあった白髪は、一目見て分かるほどに増えていた。

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