3.サーシャの事情
ワタクシは魔王軍三幹部が一人、魔術師サーシャ。
魔王ゴディーヴァの、一人娘ですわ。
実はワタクシ……人間からウォークインする形で転生したのです。
ウォークインとは——ある程度年齢を重ねた肉体に、別の魂が入り込む形で転生することを言うのですわ。
ワタクシは、サーシャの魂と一体化したのですが、元々のサーシャとしての記憶を失ってしまったようなのです。少しずつ、思い出すことは出来るようなのですが……。
ワタクシの前世は、ごく一般の人間の女性でした。
前世のワタクシ——
その夢とは——。
誰もいない映画館で、勇者が魔王を討伐する物語の映画を鑑賞する、というものです。
その内容は、何度見ても全く同じものでした。
映画の舞台は、ここ“夢の世界グランアース”……。
世界を魔族で支配しようとする魔王ゴディーヴァを討伐すべく、勇者ミオンが現れます。
勇者ミオンには既に3人の仲間がおりました。剣士ラデク、魔導士サラー、僧侶リュカ。そしてさらに勇者ミオンのパーティーに加わるのは、オトヨーク島を治める王【リベル】のご子息——王子【アルス】様。
アルス様は……小柄ながらイケメンで声もよろしくて、何度も夢に見ているうち——ワタクシの全てを捧げても良いと思えるほどの“推し”になったのですわ。
アルス様が加わったのち、さらに【ピア・チェーレ】という名の2人組のヒロイン——【アイネ】、【ユーリ】が、勇者ミオンのパーティーに加わります。
人数も増え、力を増した勇者ミオンのパーティーの前に、魔王軍三幹部——ヴィット、サクビー、そして魔王の娘サーシャ——が立ちはだかります。
三幹部は力を合わせて戦ったのですが……あっという間に、勇者ミオンたちに倒されてしまうのです。
その後、さらに——【ネコツキ】、【アカツキ】、【アオゾラ】という名の、3人の勇者も加わり、総勢10人の勇者一行の前に、魔将フランツ様も倒されてしまいます。
そしていよいよお父様——魔王ゴディーヴァ様と勇者ミオンとの決戦です。
お父様は奮闘なさったのですが、仲間たちと力を合わせ強大な力を行使した勇者ミオンの前に為す術なく、倒されてしまうのです。
魔族の天下は成し遂げられぬまま、終わってしまいました。
魔族が滅び、平和な世界が戻った後。
ワタクシの推しである王子アルス様は、“ピア・チェーレ”のうちの1人、アイネと結婚してしまうのです。これだけでもワタクシのメンタルはズタズタですのに、そこにさらなる不幸が訪れるのです——。
王子アルス様と、アイネとの幸せの時間も束の間。
ある日突然、残された魔王ゴディーヴァ様の怨念による
アルス様は即死——。
いつもそこで、ワタクシはうなされて目覚めていたのですわ。
そして目覚めぎわに必ず、何者かの重々しい声で、こう聞こえるのです。
「……これは、定められし運命」
——と。
繰り返し見せられるその夢のせいで、ワタクシはノイローゼになりました。
分かりますか? 分からないでしょう。推しが結婚し、推しが死ぬのを何度も何度も見せられる悲しみ、苦しみなんて——。
毎夜見せられるその夢が、トラウマになりました。
前世のワタクシ——卜道美幸は、その夢によるノイローゼのせいで体調を崩した末、肺炎が悪化し、若くして命を落としました。
ワタクシが転生した先は、幸か不幸か——何度も繰り返し見ていた夢に出てきた、映画の世界——夢の世界グランアースでした。
しかしワタクシが転生した人物は——あろうことか魔王の娘であり魔王軍の幹部——魔術師サーシャだったのです。
しかも、前世の卜道としての記憶を受け継いだ代わりに、現世のサーシャとしての記憶を失った状態での、ウォークインという形での転生でした。
ともあれそういう訳で、前世からワタクシが愛していた王子アルス様と、どこかできっとお会い出来るのです!
しかしあの夢の後、いつも目覚め際に言われた言葉は、“これは、定められし運命”——。
あれが決められた運命であるならば、ワタクシはヴィット、サクビーと共に、勇者ミオンのパーティーに殺されることになってしまいます。
そのためにワタクシは、ヴィット、サクビーと共に出撃することを何度も拒んでいるのです——少しでも、運命を違った形へと変えるために。
“定められし運命”を変えられなければ、お父様も、勇者一行に殺されてしまいます。
そして王子アルス様は——2人組のヒロイン“ピア・チェーレ”のうちの1人、アイネと結婚してしまい、さらにお父様の怨念でアルス様は殺されてしまう。
この世界に転生したワタクシは……そんな惨い運命を変えたいのです——ワタクシが王子アルス様と、結婚するという運命に! 変えたいのですわ!
そして生涯、王子アルス様を何としてもお守りし、王子アルス様と共に、いつまでも幸せに暮らすのです。
そのためには何としても、運命を変える方法を知り、実行しなければなりません。
すでに、勇者ミオンが現れました。じきににっくきヒロイン“ピア・チェーレ”も現れることでしょう。
何れにせよ“ピア・チェーレ”が現れる前に、早く王子アルス様を見つけ、お会いせねばなりません。そしてアルス様をお父様のところへ連れて行き、晴れてワタクシはアルス様と結婚し、幸せになるのです。
そのために、ワタクシはサーシャに転生してから、サーシャとしての記憶を思い出しつつ、色々と準備をして参りました。
愛しき王子アルス様——待っていて下さいね。
必ず、“運命”を変えて、貴方との幸せを勝ち取って見せますから……!
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