2.魔王城にて・2


「ヴィット、サクビー、サーシャ!」

「「「はっ!」」」


 浮遊する玉座の上で足を組んだ魔王ゴディーヴァは、声のトーンを低めて三幹部に命令を下した。


「パン=デ=ミールの元へ向かおうとする勇者ミオンとやら、そして猫の戦士どもを殲滅しろ」

「は! 直ちに!」

「お任せくださいビー!」


 ヴィットとサクビーは返事をするとすぐさま紫色の光に包まれて姿を消し、ワープして行った。

 しかしサーシャは——その場を動かず、何か言いたげな目で魔王ゴディーヴァの顔を見続けている。


 その時だった。

 浮遊する玉座の真下でずっと黙って立っていた、全身が西洋甲冑に包まれている長身の魔族が動き出し、サーシャに歩み寄りながら声をかける。


「……何をしている、サーシャ。魔王陛下の御命令ぞ。早く行かぬか!」


 しかしサーシャは、その魔族の声を無視するように魔王ゴディーヴァの顔へと視線を向け続けながら、訴えかけようとする。


……、ワタクシは……」


 サーシャに声をかけた魔族は、素早く剣を抜いた。


「サーシャ貴様! 我に逆らうか!」

「待てぃ、【魔将ましょうフランツ】」


 その魔族の名は——魔将フランツ。

 頭部は西洋風の兜に覆われているため、素顔は見えない。


「ハッ! 陛下……!」

「剣を収めるのだ」


 剣をサーシャに向けた魔将フランツを、魔王ゴディーヴァは穏やかな口調で制止する。

 魔将フランツは、ギラリと光る剣をおさめると、すぐさま魔王ゴディーヴァに向き直し、跪いた。


 身の安全を確かめたサーシャは、か細い声で魔王ゴディーヴァに訴えかける。


……ワタクシは、ここにいさせて下さいませんか?」

「我が娘……サーシャよ」

「……はい」


 魔王ゴディーヴァは、実娘じつじょうであるサーシャを諭す。穏やかな、それでいてゆっくりとした口調で。


「魔族の復活は、何としても成功させねばならぬ。……確かに、勇者ミオンとやらは腑抜けた勇者だ。だが……ヴィットやピノの言い分は一理ある。勇者ミオンが既に数多くの仲間を引き連れているとすれば……。やはりヴィットやピノの言う通り、こちらも使える戦力を全力で使い、早いうちに厄介な勇者の仲間どもは潰しておかねばなるまい。仲間同士で力を合わせられれば、それは脅威になる」

「……はい」

「お前は我が愛する娘だ。だが、だからと言って特別扱いする訳にはいかぬ。問答無用、行け」


 サーシャはしばしの間、下を向いてじっとしていた。


「……分かりました。行かせていただきます」


 渋々顔を上げたサーシャはそう言葉を残し、光に包まれ姿を消した。

 それを確かめた魔王ゴディーヴァは、魔王の間に重々しい笑い声を響かせた。


「ワハハハ……人間どもがワクチンとやらを開発しているというが、無駄だ。パン=デ=ミールは遺伝子を変異させる。変異を繰り返せば、奴の撒き散らすウイルスはさらに強力になり、人類は間もなく滅びるであろう。人類が滅べば、魔族の天下の日は近い。……さあ、魔将フランツ。もうすぐお前の出番だ。良い働きを期待しておるぞ」

「ハッ! 陛下のためであれば、この魔将フランツ、命を賭して何でも致しますゆえ……!」


 魔将フランツは、他の誰よりも魔王ゴディーヴァに忠義を尽くす、魔王軍のトップである。


「……それにしてもサーシャは何故、毎度毎度、出撃を躊躇うのでしょうか……」

「そんなことは知らぬ。我々は魔族の復活、繁栄だけを考えておれば良いのだ」


 魔王ゴディーヴァの娘——サーシャは何故、ヴィットとサクビーと共に勇者討伐へと積極的に出向こうとしないのだろうか。

 それには、とある事情があった。

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