31.VSマーズ


 突然、星猫戦隊コスモレンジャーの剣士マーズに戦いを挑まれた飛田とびた

 まさか、猫と戦う——それも等身大の——? 頭の中が整理できない。

 そんな飛田のことなど構わず、マーズは突然短剣を取り出し、構えた。銀色の刃がギラリと光る。


「そりゃあっ!」


 鋭い刃が、真っ直ぐに飛田の所へと飛んでくる!


「な……!?」


 危ない——!

 思わず身を屈めた。

 が、その時!


「やめなさい、マーズ!」


 ムーンの声だった。

 紫色の閃光が炸裂する。直後、カランと短剣が床に落下する音が響いた。


 顔を上げると、ムーンが厳しい表情をマーズに向けていた。

 ムーンの役職は魔導士だ。魔法で、飛来する短剣を止めたのだろうか。


「力を貸していただけるというのに、失礼ではないですか? マーズ!」

「ムーン! これから大事な戦いが始まるんだ! もしこの人間が足を引っ張るような奴だったら困るだろ? だから力を見せろって言ってんだよ! ……さあ優志まさしとやら、外に出ろ。俺と勝負だ!」


 ムーンに叱責されても、マーズは変わらない気迫で反論する。

 飛田は息を整えながら立ち上がり、マーズに尋ねた。


「……勝負するのはいいですが、一体どんな勝負をするのでしょう……?」

「外に出たらルールを説明してやる。さあ、みんなも早く外へ出た、出た! 俺の強さ、よーく見ておけよ!」


 飛田はしぶしぶ、マーズの後をついていき、基地の外へと向かった。

 星猫戦隊コスモレンジャーのメンバーが、後からぞろぞろとついてくる。


 基地のすぐそば、木々に囲まれた草地に、全員が集合した。


「ほらよ。コイツで勝負だ」


 マーズに手渡されたのは、木刀だ。持ってみると、見た目以上にずっしりと重い。

 木刀の持ち方を色々と試している間に、マーズは地面に大きな円を描く。


「この円の中で、どっちかが3回攻撃を当てた方が勝ちだ。木刀で相手を叩いてもいいし、ブン殴ってもいいし、魔法を使ってもいい。俺は魔法は使えねえから、木刀だけで勝負してやる。円から出たら、その場で負けだ。さあ、早速始めるぞ。円の中に入れ!」

「わ……分かりました」


 飛田はマスクを外し、地面に描かれた円の中に入ると、木刀を構えマーズと向き合った。

 マーズも赤いマスクを外すと、フン! と気合を入れた。


「審判は僕がやらせてもらおう。優志くんもマーズも、いい試合を期待してるぞ!」

「優志、テメエ気ぃ抜くなよ。マーズさんはマジで強えからな!」


 ソールとゴマの激励を受け、唇を噛み締める。木刀を握る手には、じわりと汗が滲んでいた。


『お前には無理ポン。この勝負、負けるポン』


 またしても幻聴が聴こえてきたが、無視を決め込んだ。



「では……勝負、開始!」


 ソールの掛け声と共に、勝負が始まった。

 1秒も経たぬうち、マーズは体を屈めて飛田の近くへと駆け寄る。


「遅いぜ! そりゃ!」

「……あ」


 スパンという音とともに、衝撃が右脚に走る。

 木刀による一撃に、飛田は思わず膝を折る。


「マーズ、1点!」


 立ち上がり態勢を立て直すが、息つく暇もなくマーズは攻めてくる。今度はをバシンと木刀で叩かれた。


「うぐあ!」


 右脇腹——そこは、胆石症を患い痛みのあった場所だ。ハールヤの施術を受けるなどして症状は和らいではいたものの、衝撃を受けるとやはり、鋭い痛みが電撃のように全身を走り抜ける。

 飛田は、再び膝を折った。


「マーズ、2点!」

「どうした。そんなものか、優志!」


 飛田は、持病のことをゴマたちに話してはいない。しかし今それを話してしまうと、とても気まずい空気になるに違いない——。

 後に退けなくなった飛田は息をふうと吐き、再び立ち上がる。……が、自分からは攻撃を仕掛けられなかった。

 攻撃を躊躇う理由があったのだ。


「どうしたんだ。何で攻撃してこねえんだ、優志!」

「ね……猫を攻撃するだなんて……可哀想で……出来ません!」


 そう言った途端、マーズの表情が険しくなる。


「あ? 舐めてんのか?」

「いや……そういう訳では……」

「この先の戦いは、命がけなんだよ。攻撃してこねえってんなら……」


 マーズは木刀を投げ捨てると、腰からするりと別の刀を抜いた。

 だ。

 ギラリと光る刃先を、真っ直ぐに向けられる。


「お前はここで死ぬぞ」


 刃先を向けたまま、今にも突っ込んで来そうなマーズ。

 意図せず、足がガクガクと震え出す。


「やめなさい、マーズ!」

「手ぇ出すんじゃねえ、ムーン!」


 ムーンの言葉を遮ったマーズは刀を構え、駆け出した!


「……分かりました」


 飛田は覚悟を決め、息をすうっと吸った。目を見開き木刀をマーズに向け、構える。

 全身が、太陽の如く煌々と輝き出す。


「“ドルチェ”ッ!」


 光は木刀を伝って、流れ星のような白い光の弾丸となり、マーズに向け放たれた。


 だがマーズは、スルリとその弾丸をかわし、距離を詰めてくる。


「峰で決めてやる。もらったぞ、優志! ……ぐわああああッ!?」


 マーズの顔面に炸裂したのは、“ドルチェ”——。

 爆竹が弾けるような音が森に響くと、マーズは後ろ方向へ飛ばされ、地面に倒れた。


「優志くん、2点!」

「バカな……。その魔法、1発目はおとりで、実は3発撃っていただと……? いつの間に……」


 マーズは地面に手をつきながら、悔しげな表情を見せた。


「……これでも私は、37年間生きてきました。あなたたち猫の2、3倍といったところでしょうか……。戦いに限らず、私は色々経験を積んできました。動くものに気を取られやすいというあなたたち猫の習性も……私は良く知ってます。マーズさんが1発目のドルチェを見ている隙に、2、3発目を放ったのです!」


 飛田は落ち着き払った口調で、そう言い放った。足の震えも止まり、しっかりと地を踏みしめている。


「へへ……やるな。そうだ。そうこなくっちゃな! さあ! これで互いに後が無くなった。次で絶対に決めてやる!」


 マーズはよろめきながら刀を拾い、態勢を立て直す。飛田も木刀を構え直し、深呼吸をした。


 10数秒間、いや、20秒間ほどだろうか——ビュウウと、風が吹く音だけが響く。


「行くぞぉッ!」


 マーズは刀を構えると、飛田の懐目指し、駆け出した。



 森に、弾けるような打撃音が高らかに響き渡る——。



「作曲家は、集中力が命なんです。人間の力、見くびらないで下さいね……」


 膝から崩れ落ちたマーズを見届けた飛田は、木刀をトンと地面に突き立てたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る