26.幻聴の正体


「では飛田とびた様、上着を脱いでベッドにうつ伏せに寝てください。今からを始めます」


 ハールヤに言われた通り、飛田は部屋の中央にあるベッドにうつ伏せになった。

 ハールヤは、飛田の背骨の左右あたりをそっと指の腹で押さえる。


「やはり、胆嚢たんのうに結石がありますね」

「……触っただけで、体の中のことが分かるんですか?」

「はい。背中の凝り具合で、どこが悪いかはすぐに分かります。では、を始めますね。足から首の方まで、丁寧に揉み上げますから、リラックスしていてくださいね」


 足、腰、背中、肩、首までを順番に、丁寧にマッサージされる。

 所々、押されると痛む場所がある。ハールヤはそこをまるで分かっているかのようにより丁寧に揉みほぐしていく。すると、その痛みは段々と“痛気持ち良い”感覚に変わっていく。


 1時間ほど後——。


 飛田の脇腹の痛みは、いつの間にかスッキリと消えていた。さらに、体がポカポカと温かくなっている。飛田は、不思議な幸福感に包まれていた。


「ハールヤさん、私は整体などでツボ押しを体験したことがありますが、ハールヤさんが一番上手いですよ。すごく気持ちが良いです」

「全身には、体内の各臓器に対応する経穴けいけつが存在します。そこを上手く押さえると、その刺激が神経を通って臓器に届き、そこの血流を良くする。さらに脳にも刺激が届き、脳から麻薬物質が出て、幸せ感に包まれるのです。このマッサージ法は、我々の世界では正式な医療行為として認められています——」


 人間の世界では、ツボ押しなどは医療類似行為として、医療行為とは厳密に区別されている——との内容を、飛田は本か何かで読んだことがあった。

 しかしハールヤいわく、ねずみの世界では、マッサージは治療効果があることが証明されており、正式に医療行為として認められているというのである。


「マッサージは、ただ気持ち良いだけではなく、実際、体にもいいんですね」

「はい。それに加え、正しい食事、適度な運動、そしてメディテーション、以上の4つを組み合わせて治療します。これにより“氣と血の巡り”が良くなれば、生き物は健康になれます」

「なるほど……。あ、1つお聞きしてよろしいですか?」

「はい、何でしょう?」


 言っても笑われないだろうか。

 飛田はベッドから起き上がり少し沈黙した。だがやはりここは思い切って話しておきたい。

 意を決して、最近の悩みの種である症状を打ち明けた。


「最近、幻聴が聴こえるんですよ……。お前の病気は治らないポン、だとか、お前はガッカリすることになるポン、だとか……。とにかく私を落ち込ませるような言葉ばかり聴こえてくるんです。ハールヤさんはそのような変な幻聴、聴いたことはありませんか? 誰にでも聴こえるものなんでしょうか?」


 飛田を悩ませる、謎の幻聴。

 聴こえるたびに気分が悪くなるので、それもハールヤの治療で治せるなら治してもらいたいと、飛田は淡い期待を抱いていた。


 ハールヤは答える。


「それは、飛田様に刷り込まれたによる、かも知れません」

「間違った、知識……ですか」

「はい。その声は、自分が何か行動しようとすると、私には無理だ、失敗するからやめておこう、などともっともらしい理由をつけて、自分自身の足を引っ張ろうとします。それは、子供の頃に周りから言われた否定的な言葉などが原因だと思います」


 飛田は目を瞑り、うんうんと頷く。


「確かに子供の頃……私は親や先生、友達から、お前はダメな奴だ、だとか、やめとけ、お前みたいな奴には無理だ、みたいに言われたりしました。それも何回も」

「その言葉が無意識に、今の飛田様自身の人生に制限をかけているんですよ。でも、それらの言葉はよくよく考えてみれば、みんなウソだと分かります」

「ウソ……ですか」

「はい。まだ純粋な子供の頃に否定的な言葉を言われると、それを信じてしまう。しかしその言葉は、思いつきなどで何の根拠もなく放たれた言葉でしょう。飛田様自身が実際に本当かどうか確かめたわけではなく、ただ周りから言われたことを信じたがために、心の奥深くに刷り込まれてしまい、人生にブレーキがかかる。その否定的な言葉を打ち消すには、ことです」


 ハールヤは微笑みつつも、力強い語調で語る。彼の瞳は、鋭く真っ直ぐに飛田を見つめていた。


「私の、本心……?」

「飛田様は、本当はどう生きたいのでしょうか。それが見えるとまた、否定的な声が聞こえるでしょう。しかしそれはウソ。。否定的な声に惑わされず、飛田様の本心に従ってみてください。飛田様の本心は、必ず上手くいくことを知っていますから。上手くいく体験をされれば、否定的な声がウソだとハッキリ分かるのです」

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