25.ねずみの名医との再会
2月21日。
国内で新型ウイルス感染者が100人を超えた——。
感染予防のための外出自粛であらゆる業種の売り上げが低迷し、失業者が増加の一途を辿っているというのに、政府から国民に配布されたのは、たった2枚のガーゼマスク。
(このままでは、病院に行くためのお金も無くなってしまいます。やはり、ねずみの医師ハールヤさんに、一度相談してみますか……。ねずみの世界に繋いでくれたあの不思議な妖精、ミランダさん……長らく呼んでいませんでしたが、ちゃんと出てきてくれるでしょうか……)
自然治癒力による治療を教えてくれたねずみの医師ハールヤは、ニセ医療の医者かも知れない——。あの嫌な担当医、中田先生の言葉が忘れられない——騙されないようにしなくては——。
そんな思いが拭いきれなかったが、いよいよ追い詰められた今、思い付く手段は、ハールヤに相談しに行くぐらいしか無かった。
(中田先生の言うことは正しいかもしれません。しかし、聞いていて私は不安にしかなりませんでした。ねずみの医師ハールヤさんはどこか、安心するような優しい雰囲気のねずみさんでした。私が求める医師像は……まさしくハールヤさんのような医師です……。よし、行くとしましょう!)
ベッドから出て着替えを済ませ、靴を用意すると、思い切って風の精霊ミランダを呼んでみた。
「ミランダさん、来てください!」
そう口にすると、突然部屋の中に金色の鱗粉のような光が現れ集まっていく。程なくして、そこから風の精霊“ミランダ”が姿を現した。
以前とは違って白い羽衣に身を包み、ブロンドの髪を一括りにしている。
「
「はい。ハールヤさんのところへ繋げてもらえませんか?」
「チップくんたちとは会わなくていいの?」
「なるべく早くハールヤさんに会いたいんです。お願いします」
ミランダは透明な羽を動かし空中で8の字を描くと、部屋の床に白く輝く円形のワープゲートが現れる。
飛田は躊躇わず、ワープゲートに足を踏み入れた。
ワープゲートから出た場所、そこは——。
ねずみの都会、【
今のねずみの世界は冬であり、空気はひんやりとしていた。
高層ビルが立ち並び、道路には磁力で走る車が行き交う。緑が多く、都会なのに空気が森の中のように澄んでいる。あの頃と変わらぬ、懐かしい光景。
しかし——。
「あれ……。ねずみさんだけじゃなく、猫さんもいるんですね」
歩道には、服を着たねずみと同じように、服を着て二足歩行で言葉を喋る、猫たちの姿もあった。そして猫たちの身長も、ねずみたちと同じだ。
以前、チップたちの家でゴマたち——服を着て二足で歩き言葉を話す猫——と出会ったが、そんな猫たちは彼らだけではなかったようだ。
Chutopia2120は、ねずみと猫が共存する街となってるようである。
(そう言えば、ねずみさんと猫さんが手を取り合ったことを記念する祝賀会がありましたね。それで、一緒に暮らしているのでしょうか……。でも何故、ねずみさんと猫さんが同じサイズなのでしょう。ミランダさんの力? ……でも私がこの世界に来た時は、自動的に私もねずみサイズになっていましたし……。ねずみさんの世界って、不思議ですね……)
考えながら少し歩いていると、“Chutopia厚生医院”と大きく書かれた看板のある建物が、目に入った。
地味なコンクリート製の、2階建てのビルだ。
(ここが、ハールヤさんの医院ですか)
ビルの前に到着し、扉を開ける。
中に入ると、受付にいた白衣姿の女性のねずみが、ニッコリと笑って迎えてくれた。
「こちらにサインをお願いしますね。待合室はあちらです」
「ありがとうございます」
(やはり、人間の私が来ても驚かれたりしないんですね……。というより、人間がねずみさんによる治療を受けても大丈夫なんでしょうか……?)
待合室に案内された飛田は、フカフカの椅子に腰を下ろし、今更すぎる心配をしていた。
そしてさらに——。
『ハールヤに話したって、無駄だポン。ニセ医療だということを知ってガッカリするポン』
——ねずみの世界に来ても、幻聴は相変わらずである。
飛田は深呼吸しながらその幻聴の言葉を、呼気と共にフーッと吐き出すイメージをしなごら、心を落ち着けた。
しばらく待っていると、待合室の扉が開く。
「飛田様。よくいらっしゃいました。どうぞ」
ねずみの医師——Chutopia厚生医院院長ハールヤが、扉の向こうから姿を現した。ダボダボの白衣姿で丸眼鏡をかけ、つぶらな目を細め、微笑んでいる。
彼の声を聞くだけで、飛田は不思議とホッとした。
「ハールヤさん、お久しぶりです」
ハールヤに案内され診察室へと入り、腰を下ろす。
暖かな色の照明に照らされ、クラシック音楽のようなBGMが流れる診察室だった。
「飛田様、あれから経過はいかがですか?」
「ハールヤさん、お久しぶりです。実は……」
飛田はハールヤに、病気を治療する上で抱えている悩みを全て話した。
嫌な担当医のせいで、医療不信になってしまったこと。
自然治癒力を活かした治療は、科学的根拠が無いニセ医療だと言われたこと。
ニセ医療は、現代医学の標準的治療を否定するものもあり、治る病気も治らなくしているという弊害について。
新型ウイルスが拡散していること。
そして持病の胆石症を、ハールヤに治してもらえるか——。
ハールヤは飛田の言葉を一切否定せず、うんうんと頷きながら聞いていた。
「なるほど、飛田様の世界では、そのようなことになっているんですね。何を選択したら良いか、分からなくなりますね」
「はい……」
「主治医とは、まずは信頼関係を築くのが大切です。飛田様は、今の主治医をどう思っておられますか?」
思わず、視線を斜め下に落とす。
「……いや、何というか……苦手でした。何を言っても話を否定されますし……。科学的根拠がないものはニセ医療だと言って、せっかくハールヤさんが提案してくださったことも頭ごなしに否定されまして……」
「なるほど」
ハールヤは微笑みを絶やさず、言葉を紡ぐペースを落として解説を始めた。
「まず、体というものは、科学だけでわかる物ではないのです。目に見える科学でわかることは、氷山の一角に過ぎません。科学だけでは……例えばヒトの脳細胞の大部分がなぜ使われていないか、などを説明できないのです。病気が起こるのも治るのも含め、体の働きには“見えざる何かの力”が関わっているんですよね」
そこで一旦話を切るハールヤ。ちょうど飛田は言いたいことがあった。きっとそれを察したのだろう。
その気遣いをありがたく思いつつ、飛田は思ったことを口に出す。
「……その見えざる何かみたいな言葉が、何というか嘘臭く感じてしまうんです……。根拠が無いものはみんな嘘だと言うような物言いなんですよね、私の担当医は」
「科学で証明されていないからといって、それが存在しないというわけではないのですよ」
「言われてみれば、確かに……」
飛田は頷きながら、顔を上げる。
「それに、科学的に1つのことがわかったら、大体3つの分からないことが出てきます。伝統的な医学は、例え分からないことがあったとしても、役に立つものはとことん利用してきました。大昔の医学はそうやって発展して来たのです」
「なるほど……」
「飛田様の話を聞いておりますと、飛田様の世界の医療では恐らく……病変部ばかりを治そうとしているように思えます。そうではなく、体全体……そして心全体を見ないと、本当の意味での治癒はあり得ないのです」
「部分ではなく、全体を見る、と」
「はい、病気には、目に見えない心も関わっていますから、それを含めて全体を診るんですね。……さて、治療を始めましょう」
ハールヤの言葉には、不思議と納得できた。胸の内も吐き出せたため、飛田はスッキリとした気分になった。
そこで、別室へと案内される。
案内された部屋は何の医療機器もなく、ベッドと観葉植物、そしてハールヤ用のデスクがあるだけの、暖房の効いた空間だった。
飛田は一体、どのような治療を受けることになるのだろうか。
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