23.夢と現実の境界


 目覚めると、飛田とびたは現実世界の自身の部屋へと戻って来ていた。


(マイルスさんの言葉……夢と現実の境界がなくなっていく……。本当にそんなことが起こるのでしょうか?)


 考えながら、アパートの裏にある公園へと出かける。

 いつもと変わらない、見慣れた風景だ。

 

 公園に到着した飛田は、周囲に誰もいないことを確認してから、地面に埋まった小さな岩に意識を集中させた。


「……“ドルチェ”」


 やはり全身が白く輝き、光の弾が流星の如く放たれる。弾は小さな岩にぶつかると、岩は粉々に砕け散った。


(やっぱり、勇者の技は使えますね……。今後、思いもしない変化が起きてくるかも知れません。気を引き締めておきましょう)


 街の風景は、いつもと変わらない。

 忙しく行き交う車。遠くから鳴り響く踏切の音。北風がビュウと吹き付けると、道行く大学生ぐらいの女性がマフラーに顔を埋めた。



 以後数日間、飛田は周囲の変化に注意しつつ、健康的な生活を意識して過ごした。

 真面目に服薬し、栄養のある食事をバランス良く摂り、時に体を動かす。薬が効いているのか、脇腹の痛みは抑えられている。


 夢は、見たり見なかったりだった。 

 マイルスに言われた通り、焦ってはいけない。夢の世界に行った時は、勇者ミオンとして、ラデク、サラーと共に近くの草原でひたすら魔物を倒しつつ、戦闘能力を鍛えた。

 魔王ゴディーヴァと、魔王軍幹部に目をつけられた以上、あまり悠長に構えていられないが、彼らの実力は未知数である上にまだ攻略の手がかりも無い。今できることは、ただ己を鍛えることのみだ。


 そして宿屋で眠れば、必ず現実世界へと帰ってきて、普段の飛田とびた優志まさしとして過ごすことになる。



 そんな日々を過ごし、2月5日のこと。

 “横浜に寄港した豪華客船“パールプリンス号”で、新型ウイルス集団感染が発生。日本人は船内待機”とのニュースが、トップニュースを占めていた。


 そして2月半ばには、“日本人初の新型ウイルスによる死者が出た”とのニュース。

 風邪やインフルエンザとは違う、今までに無い多彩な症状、長引く後遺症。そして、凄まじいまでの感染力の強さ。


「いなちゃん、ウィルスやばいですね。気をつけてくださいよ」


 飛田は、久しぶりに親友の稲村いなむら誠司せいじと電話していた。


『優志もな。そういや俺、最近変な夢をよく見るんだ』

「変な、夢……ですか?」

『ああ。何か、某有名RPGみたいな異世界にいる夢だ。俺は【僧侶】になって、回復魔法使ってたよ。ハハハ、面白えだろ? 妙にリアルな夢で、目ぇ覚めてからも夢ん中のこと、よく覚えてるんだ。しかも、毎回同じ夢だからな』


 某有名RPGみたいな異世界。毎回、同じ夢。

 もしや——。

 飛田はやや早口になり、尋ねる。


「……その、異世界の名前は?」

『んー、そこまでは覚えてないなあ。あ、話変わるけどよ、飼い猫がみんな帰ってきたんだ。愛美あいみがずっと心配してたけど、良かったよ』


 ゴマくんたちは、無事に帰ったようだ。


「おお、それは何よりです。ゴマくん、ルナくん、ムーンさんたち、みんな一緒ですか?」

『ああ、みんな帰って来てる。まあ、放し飼いだからすぐ何処かへ行っちまうのは仕方ないんだけどな。じゃ、そろそろ俺は寝るわ』

「分かりました」


 おやすみなさいと言いかけるが、やはり稲村が見た夢のことが気になる——。

 

「……もしまた、異世界に行く夢を見たら、覚えてる限りでいいので、私に教えてもらえますか?」

『ああ、いいよ。結構楽しいんだよな、僧侶になって回復魔法を使うの。アハハ。それじゃあおやすみ』

「おやすみなさい」


 新型ウイルスの感染拡大。

 現実世界でも、勇者の技“ドルチェ”を使えること。

 稲村も、同じように異世界でRPG風の夢を見ていること。


 これから、何が起ころうとしているのだろうか——。


 ♢


 飛田は、病状の経過報告のため、松田病院を訪れた。

 

(またあの嫌な医者ですか……)


 待合室に座っていた時。

 40代後半ぐらいの肥満体型の男性が立ち上がった瞬間、彼のポケットから財布が落ちたことに、飛田は気付いた。

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