22.アルス王子との出会い


 マイルスの話を聞いたラデクとサラーは、二人して首を傾げていた。


「この世界が、夢の世界!? どういうこと?」

「夢とか現実とかー、よく分からない話ねー。今ここが私たちにとって現実じゃないんですかー? ……あー、紹介しなきゃー。私はサラー、この子はラデクですー」


 マイルスは2人の目を見つめると、こくりと頷いた。


「自覚はしておらぬだろうが……サラー、ラデク、そなたらは、夢の世界の住人であるということだ……。詳しい話は、いずれ語ろう」

「何だよそれ! 余計に意味が分かんないよ! 全部話してくれよ!」

「ラデクー、落ち着きなさいー」


 湯呑みをドンと置き不満の声を上げるラデクを、サラーはなだめる。

 マイルスはそんな2人に構わず、話を続けた。


「魔王ゴディーヴァの居城は、“オトヨーク島”より遥か南、暗黒の霧に覆われた島【ザッハートルテ】だ。そこへ行くには、船で海を渡らねばならぬ」


 船——。

 簡単には手に入らない。酔っ払いのオヤジはそう言っていたが、船が賞品となっている大会があるとも言っていた。

 ラデクも、そのことをしっかりと覚えていたようだ。


「ねえミオン様、“天下一武術大会”に出ようよ! 賞品は海賊船だったはずだよ!」


 大きな声で、ラデクが提案してきた。

 しかし飛田ミオンは腕を組んで、渋い顔をする。


「はい……。でも、開催されるのはまだ半年も後です。それまでに何とか、船を手に入れられないものでしょうか……」

「勇者ミオン、焦ってはならぬ」


 マイルスは、飛田ミオンの言葉を遮る。バチッと目が合い、飛田ミオンは思わず姿勢を正した。


「焦りは、何よりも恐ろしい敵だ。そなたらはこれから、魔王と戦うための力をつけていかねばならぬ。魔王討伐を急がねばならぬ状況なのは確かだが、そういう時こそしっかりと地に足をつけ、力をつけてから行動するのが大切だ」


 至極真っ当なその言葉に、飛田ミオンたちは返す言葉が無い。

 

「サラー、ラデクよ。まずは各々、戦闘経験を積んで力をつけよ」

「は、はいっ!」

「うんうんー、何事も基礎が大事ですからねー」


 サラー、ラデクの返事を聞き頷いたマイルスは、次いで飛田ミオンの方に向き直った。再び目が合う。次は何を言われるのだろうか。


「勇者ミオンよ。そなたは現実世界においてのそなた自身の問題を、先ずは解決せよ。病を抱えたまま魔王に挑むことは、ならん」

「……やはり、お分かりになるのですね。承知致しました。きちんと治療します」


 マイルスは、初対面であるにも拘らず飛田ミオンの持病をも見抜いていた——。

 飛田ミオンは、冒険に行き詰まったら迷わず、マイルスの元を訪ねようと心に決めた。


「マイルス様、ありがとうございました」

「「ありがとうございました!」」

「また困ったら、いつでも訪ねてくるがよい。力になろう」


 飛田ミオン、サラー、ラデクは深々と礼をし、マイルスの家を後にした。



 既に日は暮れ、空には1つ、2つ、星が瞬き始めていた。

 宵闇のモヤマの商店街は、夕食の準備のためか多くの人で賑わっている。

 飛田ミオンたちも、腹の虫が頻繁に泣き喚くのを自覚していた。


「遅くなっちゃったわねー。ひとまずー、宿屋に向かいましょー」

「そうだね。お腹すいちゃったし。魔物もいっぱい倒したからゴールドの心配もないしね!」


 飛田ミオンたちは、商店街を外れた場所に、2階建ての煉瓦造りの宿屋を見つけた。

 扉を開くと、カランコロンと木製の飾りの音が鳴る。


「いらっしゃい。3名様ですね。お部屋へご案内します。その前に、“生命の水”をどうぞ」


 受付にいた若い女性が、コップ1杯の“生命の水”をそれぞれに渡す。


「宿屋にも“生命の水”が備蓄されていたとは……。これなら、宿屋で補充もできるから少し安心ですね」

「ぷはぁー! 生き返ったー! そうだね。さあ、早くご飯食べてゆっくりしようよ!」

「そうねー。少しくたびれちゃったわー」


 飛田ミオンたちは部屋に荷物を置いて着替えを済ませ、すぐに食堂に出向いた。



「目玉焼きがけハンバーグです。どうぞ」

「うわぁー! うまそうー!」


 お腹を空かせていたラデクは、嬉しそうに目玉焼きがけハンバーグにがっついている。サラーは、貧血に効くというあさりとサーモンのパスタを美味しそうに口にしている。


 飛田ミオンは、胆石症に効くというしじみ入りの五目ひじき煮が来るのを待っていたが、斜め向かいの席をふと見ると、見覚えのある人物が座っていることに気付く。


「どーしたの、ミオン様?」

「……いや、何でもないです」


 飛田ミオンはその人物の顔を見て、テレビや雑誌で何度か見たことがあったのを思い出す。


(……思い出しました。男性アイドルグループ“ジョーカー&プリンセス”の、【北村きたむら修司しゅうじくんです。すごくよく似ています。いや、似過ぎでしょう……)


 北村修司似のその人物は、ピシッとした青いタキシードを身につけていた。


(高い身分の人なのでしょうか……?)

「ミオン様ー、お料理来てるわよー」


 考えていたら、既にしじみ入りの五目ひじき煮がテーブルの上で湯気を立てていた。


「あ、ああ。ではいただきます」


 食事をしながらも、チラチラと北村修司似の人物の様子を見る。

 彼は、テーブルに地図らしきものを広げていた。


「ミオン様! こぼしてるこぼしてる!」

「あ、ああすみません。……ラデクくん、あそこに座ってる人、知っていたりしませんか?」


 既に食べ終えたラデクは、口を拭きながら答えた。


「あ! あのお方は、王子【アルス】様だよ。オトヨーク島を治める【リベル】王の御子息だよ。アルス様はよく旅に出たりするから、僕も村でよく見かけるんだ」

(なるほど、王子様だったんですね。しかし、あまりにも北村修司くんに似ています……。ん? もしや、マイルスさんの言う通り、魔王の力で夢と現実の境目が曖昧になってきているから、北村修司くん本人が見ている夢が、王子アルスということになるのでしょうか……?)

「ミオン様! いっぱいこぼしてる!」

「ああっ! す、すみません……」


 その後、アルス王子は地図を畳み、宿屋を出て行ってしまった。

 ポロポロとこぼしたご飯粒の後始末をサラーにやってもらいながら、飛田ミオンは黙々と冷め切った五目ひじき煮を食したのだった。



 アルス王子の存在がずっと気になっていた飛田ミオンだが、疲れと眠気には勝てず、シャワーを浴びるとベッドでとろけるように眠ってしまった。


 目覚めると、現実世界——飛田とびた優志まさし自身の住むアパートの自室に戻って来ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る