21.かつての勇者の話


「“天下一武術大会”……ですか?」

「そうだぁ。冒険者なら、島の外行ってみてえだろ? 今時、船なんざぁ、高くて手に入らねえが、こいつぁタダで船が手に入る滅多に無えチャンスなんだぜぇ。ま、お前らが勝ち抜ければの話だがなぁ。じゃあ、俺は行くぜぇ。あばよ!」


 酔っ払いはカバンからまた酒瓶を取り出し、グイっとやりながら去っていった。


 飛田ミオンは広告紙を眺めていたが、すぐに折り畳んでカバンにしまう。


「今はマイルスさんのところへ急ぎましょう。船は必要になるかも知れないですが、天下一武術大会が開催されるのはまだずっと先です」

「そうだね。あーあ、街には変なヤツが多いんだなぁ。サラー、次に絡まれても無視だよ、無視!」

「はぁーい。マイルスさんは、確か農家だって言ってたわねー。……この街で畑に囲まれた家は、あそこしかないわー」


 飛田ミオンたちは、木々と畑に囲まれた家を目指した。



 その家は目立つので、すぐに見つけることができた。

 家の周りにある畑では、肩まで伸びた銀髪の老人が作物に水遣りをしている。

 飛田ミオンは畑の柵のすぐ外から、老人に声をかけた。


「すみませーん」


 老人は顔を上げ、フッと不敵に笑った。


「……やっと参られたか。早く中に入るが良い」


 手招きするその老人の背筋は真っ直ぐに伸びている。言葉もハキハキと話す。梅の花のような模様が入った、和装に近い服をその老人は身につけていた。

 

 少しばかり緊張しながら、柵にある扉を開け敷地に入り、飛田ミオンたちは老人の後をついて行く。


「入れ、新しき勇者一行よ」


 囲炉裏のある、古めかしい木造の家に招き入れられた。そして飛田ミオンたちは、囲炉裏の周りに座らされる。

 老人は飛田ミオンたちにお茶を淹れると、囲炉裏を挟んで飛田ミオンたちが座っている場所の反対側にゆっくりと腰を下ろした。


「分かっていると思うが、私こそがかつての勇者、【マイルス】だ」


 はきはきとした口調。

 飛田ミオンたちはより緊張した面持ちで、彼の話に耳を傾けた。


「勇者ミオン……。お主、日本人であるな。ならば話が通じるだろう。……私の前世は、日本人の高校生であった。しかしある日、大型のトレーラートラックに轢かれ、僅か17歳で命を落としたのだ」

「前世……ですか」


 飛田ミオンはマイルスの話をすぐには理解出来なかったが、とにかくまずは話を最後まで聞くことにした。


「……その後私は天界にて、女神“アイリス”に命じられ、勇者としての使命を受け転生することとなった。そして転生先は、【グランアース】だった。それがちょうど70年前……ここ“オトヨークとうにて、私は生まれた。私は、戸惑いながらも勇者となり、この“グランアース”を冒険し、前魔王“ガロア”を倒した。以後は世界を回りながら街の復興を手伝い、10年前に勇者を引退し、今はこうしてスローライフを送っている。グランアースには長年、平和は続いたのだが……」


 ゆっくりとしながらもハキハキとした口調、そして落ち着き払った態度から、かつての勇者の威厳が垣間見える。


「……悲しいことに、新たな魔王が現れたのだ。しかも今回の魔王討伐は、一筋縄ではいかないであろう。新たな魔王“ゴディーヴァ”の魔力は、

「……やはりここは、夢の世界なんですね。それで魔王の力が現実世界に及ぶということは……」

「現実世界においても、魔族や魔物が現れ、大変な事態が起き始めるであろう。そして行く行くは、夢と現実との境界がなくなっていく。現実で起きたことが夢でも起こり、夢で起きたことが現実でも起こるようになる」


 その言葉を聞き、飛田ミオンはハッとした。


 ————————


「……ん?」


 飛田とびたは右手に違和感を覚える。

 見ると、右手が白い光に包まれている。それがだんだんと、全身に広がってゆく——。

 身に覚えのある、この感覚。


「もしやこれは……。“ドルチェ”!」


 そう言うや否や、全身から白い光の弾丸が飛び出し、放たれる——!

 光の弾はクローゼットに炸裂。クローゼットは粉々に砕け散り、中にあった服までボロボロになってしまった。


 ————————


 先日、現実世界で、夢の中でしか使えないはずの勇者ミオンの技——“ドルチェ”が使えたのを思い出したのである。


 つまり、既に夢と現実の境界がなくなり始めているかも知れないということ——。

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