13.再発、そして——。


 光が晴れるとそこは——。

 元の世界、飛田とびたの部屋だった。


 本の散乱した、埃臭い寝室。キッチンの、放置された流し台。見慣れたアパートの一室だったが、どうも“帰ってきた”という感じがしない。

 日付は12月28日のままである。ねずみの世界で数日を過ごしたのに、現実世界では数時間しか経っていない。時刻は午後6時を回ったところだ。


 “オトヨーク島”で、ラデク、サラーと共に旅したのが夢で、先程までねずみや猫の世界にいたのが現実。どちらも現実離れした体験だったため、どうもフワフワした不思議な感覚が拭えない。


「うう……寒いです……。とりあえず、シャワー浴びますか……」


 立ち上がろうとした、その時だった。


「……ん?」


 飛田は右腕に違和感を覚える。

 見ると、腕全体が白い光に包まれている。それがだんだんと、全身に広がってゆく——。

 身に覚えのある、この感覚。


「もしやこれは……。“ドルチェ”!」


 そう言うや否や、全身から白い光の弾丸が飛び出し、放たれる——!

 光の弾はクローゼットに炸裂。クローゼットは粉々に砕け散り、中にあった服までボロボロになってしまった。


「ああ、しまった! また服を買わなければ……って、それより! 何故、夢の中で使っていた勇者の技が、今使えたんでしょうか……!?」


 思わず口にする。

 夢の中の世界にて、“勇者ミオン”だけが使えるという魔法、“ドルチェ”。それがどういう訳か、現実世界でも使えてしまった。

 

 もしかして、ここは夢の世界なのだろうか。

 飛田はひとまずベッドに腰掛け、深呼吸を3回して気持ちを落ち着けた。

 何度か、頬をつねってみる。痛い。


(確かに、ここは現実世界ですね。ひとまず“ドルチェ”のことは置いておいて……ハールヤさんに教えてもらった、“自然治癒力”を活かして治療してもらえる医院を探さないと……)


 バッテリーの切れたスマホを充電器に挿す。数分後、画面が点灯する。

 飛田の住む京都府の近場で、目当ての医院は見つかるのか——。すぐに検索エンジンで、『自然治癒力 医院 京都』と入力し、検索した。

 

 ……が、残念ながら近場にそのような医院は存在しなかった。検索結果に出てくるのは、いずれも普通の——現代医学の医院ばかり。

 画面をスクロールすると下の方にそれらしき医院が何件かヒットしたが、ほぼ全てが東京都に存在していた。しかも保険が利かないため、治療費が高額になる上に——。


(何だか怪しいですね……。宇宙エネルギーがどうのこうのって、何なんでしょう、一体……)


 胡散臭さ満載。飛田は、これ以上探す気を失ってしまった。


 せめて少しでも“自然治癒力による治療”に近いものをと思い、鍼灸でも試そうかと検索するも、年末のため何処も休業中。


(ダメ……ですか。まあ、別に今は痛みもないし、放っときますか。それよりもニュース欄に出てる“新型ウイルスによる肺炎”ってのが話題ですね。それが日本に入って来たら大変です……)


 結局、“自然治癒力を活かした治療をする医院”は見つからなかったが、脇腹の痛みも再発しなかったため、年末は同級生と会って酒を酌み交わすことにした。



「誕生日おめでとうー、優志まさし! 38歳! すっかりおっさんだな!」

「ありがとうございます……。あの、誕生日は来月なんですけどね……」

「あれ、そうだっけ? まあ、いいじゃん!」


 久々に会う同級生たちと過ごす忘年会。飛田はいっとき嫌なことを忘れ、楽しく年を越した。


 ♢


 年が明け、1月16日のことだった——。


『速報・新型ウイルス、国内初確認』


 ニュースサイトに、赤文字で出てきたトピックスを見て、飛田は眉間に皺を寄せる。


(ついに来ましたか……。まあでも、ウイルスが広まったりすることは無いでしょう)


 そう思いながら詳細を知るべく画面をタップする。『国内初確認の症状は肺炎、軽快した』と書かれていたが、『新型ウイルスによる肺炎は、重症化速度が速く、死亡例も報告されている』と追記されている。


(しかし、万が一広まってしまったら大変ですね。それよりも私は、自分の病気を心配しなければ)


 立ち上がり、冷やしてあった野菜スープを冷蔵庫から出そうとする。

 その時だった。


つうっ……!」


 左脇腹に、電撃が走った——。


(クッ……今になって再発ですか……。薬も飲んでないですし、まずいかもしれません……)


 痛みを我慢しながら野菜スープの冷や飯を温め、冷や飯の上に小魚を振りかけてから、夕食を口にし始める。

 

 母からもらった野菜スープを飲み込んだ時、飛田はふと喉の違和感に気付く。


(何ですか、これ……。食べた物が喉を通りにくい気がします)


 一気に不安感が増した飛田は、すぐにスマホで『喉の違和感 飲み込みにくい』で検索した。

 すると、『下咽頭かいんとうがん、食道がん』などの不穏な病名が次々とヒットする——。


(……これ、やばいやつでは……)


 不安が高じるほど、脇腹の痛みも比例して増してくる。

 すっかり取り乱してしまった飛田はすぐにタクシーを呼び、以前搬送された先の病院である松田病院へ直行した——。

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