10.自然治癒力とは?


「人間さん、どうもありがとうございます」


 自身と同じ背丈である、白衣姿の初老のねずみに深々とお礼をされる飛田とびた

 その白衣を見てハッとし、尋ねた。


「あなたはもしや……、ねずみのお医者様……でしょうか」


 初老のねずみはニッコリと微笑んで頷き、問いかけに答えた。


「はい。私は【Chutopiaチュートピア厚生医院】院長の【ハールヤ】と申します。Chutopia厚生医院においては、ねずみ族だけではなく、あらゆる生き物の治療ができます。もちろん、猫さんも、人間の方々も」

「は、はあ……」

「私もミランダさんと知り合っておりますので、体の大きさを調整していただき、この祝賀会に出席致しました。より多くの猫さんたちにも健康でいてもらいたいので、ここで私どもの健康法を広めていたのです。そのためには、この背丈の方が都合がよろしいかと思いまして」

「あ、あの! 人間の病気も治せるって、今おっしゃいましたよね?」


 ハールヤの背丈のことなどどうでも良かった。手術をせずに病気を治すチャンスがある——。それを逃すまいと、飛田は声のトーンを上げた。


「はい、もちろんですよ?」

「私は飛田とびた優志まさしと申します。実は……私、今、胆石を患っておりまして、手術宣告されたんです。しかし私は手術はしたくないのです。他にも高血圧、不整脈など診断されておりまして……」


 飛田は、以前診断された病気をひととおり、ハールヤに伝えた。


 いつ再発するか分からない脇腹の痛み。症状の増悪に対する恐れ。しかし手術は避けたい。

 ねずみの子供たちと遊んでしばし病気を忘れてはいたが、ハールヤに話をしていると再び、持病への恐れの感情がじわじわと復活してくる。

 わらをもすがる思いで、ハールヤに持病を治してもらえないだろうかと期待し、病状を余すところなく話した。


 ハールヤは微笑みながら話を聞いていたが——。

 突然、ハールヤは床に手をつき、飛田に向かってひれ伏した。


「すみませんでした!」

「……え、どうされたのですか、ハールヤさん!」


 何故、突然謝られたのだろう。飛田は目を丸くしながら、ただただひれ伏すハールヤをまじまじと見つめる。


「あ! つい……」


 顔を上げたハールヤが苦笑いをする。

 再び立ち上がり、軽く深呼吸をしたハールヤは、謝った理由を説明し始めた。


「……名医だった私の父は、“病人が目の前に現れたら、手をついて謝りなさい”と、医者志望だったかつての私に教えてくれました。その理由は……、本来、医者は“健康な人を病気にさせないために”、つまり“未病みびょう”の段階で、きちんと指導をする責任がある。“人々を病気にしてしまったのは、我々医者の責任だ”、そういう考えを持つように、父から教え込まれたのです」

「なるほど……」

「驚かせてしまい、失礼致しました。私どもの医院では、“体には自然治癒力しぜんちゆりょくがあり、それを十分に引き出す”という方針で、治療を行なっております。人間さんの場合でしたら、バランスの良い食事、適度な運動、十分な睡眠、そして気分良く過ごすこと。正しくそれらを行えば、病気は治っていくものです」

「自然治癒力……。そういえば、聞いたことはありますね」

「どんな病気に対しても、私どもの医院では、食事、運動、睡眠の指導に加え、私の考案したマッサージによる治療を行なっております。どんな病気にも効きます。万病の原因は、の悪さですから、それを改善するための処方箋です」


 馴染みのある現代医療とまるで違う考え方に、飛田の目から鱗がこぼれ落ちる。

 現代医療は、まず色々な機械を使って検査をし、病気のある体の部位に注目し、投薬したり場合によっては手術で切り取ったりして治療する。検査の数値が正常化すればOK。そういう治療方針に慣れ親しんでしまっている。

 “体は放っておくと病気になるから、きちんと定期検査を”とか、“病気は放置すると大変なことになるから、早期発見と早期治療を“ ”などの言葉も、よく耳にしていた。


 ハールヤが行っている医療の考えは、それとはおおよそ反対の、“体には自然治癒力があり、それで病気は治る”というものらしい。そして“自然治癒力”を引き出すための治療を行うのだという。

 ——もしもハールヤの言っていることが本当なのであれば、地獄の検査や怖い手術などしなくても、治るのでは——。

 飛田の胸に、希望の光が宿る。


「飛田様には是非、うちに来ていただければと思うのですが、ただ……この先しばらくは、私は忙しくなりそうなのです。飛田様もお忙しい中、ねずみ族の世界まで来られるのは大変でしょう。まずは、飛田様の周りでそういった考えの医院を探すのが良いかと思いますよ。探せばきっとあると思います」

「分かりました。自然治癒力を引き出す治療……ですね。覚えておきます」

「はい。私どもの医療も、より自然治癒力を活かしたものを目指します」


 残念ながらハールヤから直接治療を受ける機会には恵まれなかったが、“今の自分に合う医療、治療法があるかも知れない”という希望が見つかっただけでも良かったと、飛田は思うのだった。

 

「ハールヤのジジイ! 来てたのか!」

「おや、ゴマくん。すっかり元気になりましたね」

 

 魚の食べカスを口の周りにつけたままのゴマがやってきて、ハールヤに声をかける。ハールヤは軽く頭を下げながら返事をする。

 ほぼ同時に、チップとナナが駆け寄ってきて、飛田に声をかけた。


「優志兄ちゃん、ここにいたんだ。せっかくまた会えたんだから、一緒にごはん食べようよ。お魚料理を、人間さんも美味しく食べられるように作り直してもらったからさ」

「優志兄ちゃんーー! こっちこっちー!」

「ああ、チップくんにナッちゃん。じゃあ一緒に食べましょう」


 飛田は9匹のねずみたちと共に、祝賀会を心ゆくまで楽しんだのであった。



 祝賀会もお開きになろうとしていた頃——。


「あ、ゴマくん。あんな所で寝ちゃって。大丈夫なのでしょうか……」

「優志兄ちゃん、そっとしとこうよ」

「……そうですね」


 マタタビ酒を飲み過ぎて酔い潰れたゴマは、会場の外にある物置場で、いびきをかいて寝ていた。


————————


※ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

飛田さんの病気は果たして治るのだろうか——?

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