6.賑やかな森の朝
朝——。
小さな丸い窓から射し込む、朝陽の光。
「
「……おはようございます、チップくん」
よく眠り、スッキリと目覚めた。
隣のベッドで着替えを済ませた子ねずみチップに挨拶を返した
タオルを持って、外に出る。
元いた世界とねずみの世界とでは、少し季節がずれているらしい。元の世界においては冬の真っ只中だが、ねずみの世界の季節は初冬だ。冷たく澄んだ森の風が、飛田の頬をなでた。
「ふにゃーお。ゴマー、早よ起きやー。もう朝やでー」
「んにゃあー、よく寝たぜ」
庭で寝ていた喋る猫たちも、目を覚まし始める。その様子を見て「まだ夢の中なんじゃなかろうか」と飛田は頬をつねりながら、庭の水道へと足を進める。
冷たい水で顔を洗ってから大きな木の家へ戻ろうとすると、後ろには猫たちの行列ができていた。
まだ話したことのない猫も、たくさんいる。この場にいる唯一の人間である飛田は、猫たちの注目の的だった。飛田は少し緊張しながら猫たちに軽く会釈し、玄関へと戻った。
「朝ご飯一緒に作りたい猫さんたちー?」
「にゃーい!」
「ふぁーい!」
台所ではねずみの母親が、猫たちと一緒に“どんぐりパン”を焼くそうだ。猫たちも、どんぐりパンを食べるのだろうか。
「優志兄ちゃーん! 木の実採りにいくよー!」
「いっしょにいこー!」
チップとナナが呼ぶ。
朝ご飯作りは人手……ならぬ猫手が足りているようなので、飛田はチップ、ナナと共に近くの森の中まで、木の実を採りに行った。
ねずみ、猫と共にみんなで、朝ご飯の支度。
庭のテーブルに、どんぐりパン、あつあつの野菜スープ、木の実ジュース、豆乳ヨーグルト、川魚の切り身などが揃った。川魚の切り身は、猫たちが食べるのだろう。
「いただきまーす!」
「いただきにゃーす!」
「あ、はい……では、いただきます」
森の中に、ねずみと猫たちの話し声が響く。
何とも、平和なひと時だった——。
日が高く昇ってから、飛田は15年前と同じように、チップ、ナナの他に近所の十数匹のねずみの子供たちと、“ヒミツキチ”——飛田が、ミランダによって光の中から出てきた
かくれんぼ、鬼ごっこ、はないちもんめ——。
病を抱えていることなど、すっかり忘れてしまっていた。
かくれんぼで鬼になったチップから隠れるべく岩陰に身を潜めていた時、チップの妹のナナが話しかけてきた。
「ねえ優志お兄ちゃん、あの木の実、大事にしてくれてる?」
「木の実……ですか? ……あっ!」
16年前(このねずみの世界においては、30日足らず前)、ねずみたちと別れる前日に、ナナから“
真葛の花言葉は——“再会、また逢いましょう”——。
その実を、当時の飛田は元の世界に帰ってからも——お守り代わりにしてバッグに入れ、大学に通っていたのだ。
「……うん。ありがとうございます、ナッちゃん。……ふふっ……やっぱり、これは夢じゃなくて、現実なんですね」
「えっ? どーゆーこと? 優志お兄ちゃん?」
「……うんん、何でもないです」
時が経ち遠い記憶に紛れ、てっきり夢の中のことだと思い込んでいた、学生時代の不思議な体験。
目の前で確かに笑顔を見せるねずみの女の子と目が合い、飛田はつられて表情を崩した。
——しかしこれが現実だとしても、現世離れした不思議な体験であることに違いはない。いや、夢でも現実でも、もはやどちらでもいい。またねずみのみんなに、会えたんだから——。
そう思った、次の瞬間。
「へっへー。優志兄ちゃんとナッちゃん、みっけ!」
「あ……」
「もう! 優志お兄ちゃん、ボーッとしてるから!」
チップに見つかってしまった。
ナナはシュンとして、チップについていく。飛田は申し訳なさそうに頭を掻いて、その後を追った。
さらにその後ろから、テクテクと何者かの足音が近づく。
「にゃーお、優志とやら、ここにいたか」
ガラガラ声が聞こえ、思わず振り向く。
声の主は、猫のゴマである。
「あ……ゴマくん」
「楽しそうなことしてんじゃねえか。なあ、優志よぉ」
「う……うん。ど、どうしたのでしょう、ゴマくん……?」
「昨日言った通り、ボクら猫族がここにいる訳を、テメエに話してやろうと思って探してたんだ。おいチップ! 遊びの途中悪りいが、優志借りるぞ」
ゴマは飛田の腕に、自身の前脚を絡ませた。そして強引に“ヒミツキチ”の出口へと連れて行こうと、引っ張られる。
「うわ、ゴマくん! ……な、何て力ですか! 猫とは思えない腕力ですね……」
飛田は、ゴマに無理矢理連行されてしまうのだった。
「あ、ゴマくーん! まだかくれんぼ終わってないのにー!」
「ゴマお兄ちゃん、優志お兄ちゃん、待ってよー!」
チップとナナの声が、虚しく遠ざかる。
果たして、ゴマたち“猫族”が、ねずみの世界に来ている理由とは——。
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