9.竜の洞窟へ

 

 飛田ミオンの予想を超えた戦いぶりを見せた、サラー、ラデク。

 今の自分の強さでは恥ずかしい。もっと体を鍛え、強くならねば——。

 飛田ミオンは、拳をグッと握りしめた。


「ふうー、Gゴールドも貯まったしー、装備を買いに行きましょうかー。ミオン様ー、ラデクー、村に戻るわよー」

「ゲホッ……そうだね」


 ラデクは相変わらず、辛そうだ。もしも喘息の発作が出ては大変である。

 喘息で使われる薬には、短時間作用性β2刺激薬、テオフィリン薬、アドレナリン薬など。そして発作には吸入ステロイド薬が必須だと、飛田は医師から教わったことがある。が——この世界に、そんなものは無い。

 救急車も無ければ、大病院も無い。


「……薬草も多めに買っておいた方が良さそうですね。私のGゴールドは、みんなのために使って下さい」


 飛田ミオンは、バッグから今まで貯めた金貨、銀貨、銅貨を出し、サラーに見せた。


「そうねー。じゃあゴールドとアイテムは、みんなで共有するようにしないー?」

「そうしよっか……ゴホッ」


 話し合いの結果、3人のGゴールドをまとめて、買い物に使うことになった。そして手に入れたアイテムは個人の物とせず、3人で共有する。ただし武器や防具は、この限りではない。



「へい、らっしゃい!」


 まずは武器屋へ。飛田ミオンとラデク用に、【銅の剣】を2本購入。


「いらっしゃいませ〜」


 次に防具屋。コハータ村で買える最も丈夫な革の鎧は、飛田ミオンとラデクが既に持っているので、ちょうど新しく仕入れられていた【麻のローブ】をサラーのために購入。

 露出していた肌が隠れ、怪我の心配は少なくなった。が、自慢のセクシーボディがローブに隠れてしまったためか、サラーはどこか残念そうだ。


 最後は道具屋。

 薬草を買えるだけ買い、【ワープゲートの素】という名の、ガシャポン大の謎の玉も、2つ購入。


「あの……ワープゲートの素って、何ですか?」


 飛田ミオンは以前抱いた疑問を晴らすべく、サラーに尋ねる。


「これはねー、地面に投げると玉が割れて光る空間が出てきてー、そこに入るとどこへでも一瞬で行ける便利なアイテムなのよー。行きたい場所を口に出せばー、そこへワープできるのー」

「ほう……不思議な物ですね。使うのが楽しみです」

「じゃあー、一旦うちでお昼食べてー、出発しましょー。畑でとれた野菜のスープがあるのー」


 買い物を済ませた3人はサラーの家へと戻り、新鮮野菜のサラダとスープを食した。


 ♢


 いよいよ、“竜の洞窟”に向かう。


 コハータ村を出て、ダイゴの森とは反対方向の山の方へと、3人は歩みを進めて行った。

 サラーは一歩足を進めるたびに、豊満な胸が揺れる。

 ラデクは相変わらず、息苦しそうだ。顔色も良くない。


「ゲホッ、ゴホッ……」

「ラデクー、無理しちゃダメよー。お姉さんが抱っこしてあげるー」

「やめろよサラー! 子供じゃないんだから!」

「うふふ、やっぱり可愛いわねー! ぎゅーさせてー」

「むぎゅ……だから息ができないからやめろって! 喘息が悪化する!」


 飛田ミオンは仲睦まじい2人をよそ目に、魔物の襲撃に備えて、持ち慣れない銅の剣を構えていた。


 ……が、スライムやガイコツは近くをウロウロしているのに、襲ってくる気配はない。

 それどころか、飛田ミオンたちが近づくと、野良猫のように慌てて逃げて行ってしまう。

 その様子を見たラデクが得意げに言う。


「僕らの強さに、恐れをなしたんだ。このまま洞窟の魔物も蹴散らしてやる! ……ゴホッ」


 一方サラーはつまらなそうに、頬に人差し指を挿していた。

 

「みんな私の魔法で黒焦げにしてあげようとー、楽しみにしてたんだけどなー。まあー、竜の洞窟にはー、もっと強いのがいるでしょうしー、楽しみは後回しってことかしらー」


 飛田ミオンはというと、ここに来てプレッシャーに押し潰されそうになっていた。

 勇者としての使命。未知の魔物と戦う不安。いつ悪化するか分からない脇腹の痛み。まだ幼いラデクを預かる責任感。サラー、ラデクの持病が悪化した時に、ちゃんと冷静に対処できるか——。


「……くっ」

「勇者ミオン様! どーしたの!?」

「あらー、顔色悪いわよー。薬草使うー?」

「……いや、大丈夫です……」


 ストレスで、脇腹が痛む。その痛みがさらに不安感を膨れ上がらせ、また痛みが増す悪循環——。

 こんなことで、無事に冒険を続けられるのだろうか——?


 結局1度も魔物に襲われないまま、3人はコハータ村から約1キロの場所にある山の麓に大きく口を開けた、“竜の洞窟”の入り口にたどり着いた。

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