3.勇者ミオン=飛田優志?


 痛みに耐えかね、飛田とびたは意識を失った。

 だが——何者かの呼び声を、飛田の聴覚が感知する。

 夢で見た、老人の声である。


「……様、【勇者ミオン】様……! さあ、【生命の巨塔】へ向かいましょう。その前に、装備を整えなければなりませぬな。武器屋と防具屋へご案内致しましょう」


 老人の声が、ボリュームアップする。

 同時にログハウスの木材の匂いが、包み込むようにほんのりと飛田の嗅覚を刺激した。

 

 たしか、激しい脇腹の痛みの中倒れ、救急車を呼んだのでは……? 

 飛田は混乱していたが、少しずつこれがだと分かり、落ち着きを取り戻していった。

 でも脇腹の痛みは少し残っていたが、悶え苦しむほどではない。ひとまず体を起こし、飛田は老人の呼びかけに応えた。


「……あ、あなたは一体……?」

 

 老人は腰を下ろし、名を名乗った。


「申し遅れました。ワシは、【マーカス】と申します。ワシには娘がおりまして、娘の名はカレンです。カレンは胃腸炎で高熱を出しており、向こうの部屋で横になっております。勇者ミオン様……娘のためにも、どうか早く“生命の巨塔”へ!」


 黒髪が残る長い白髪を後ろで括り、茶色く地味な布製の衣服を身につけた老人——マーカス。

 腰はやや曲がっているが、口調はハキハキとしている。60代半ばほどだろうか。


「マーカスさんですか、覚えましたよ。それより……私の名はミオンではなく、飛田優志とびたまさしです。私が勇者だというのは、なにかの間違いではないでしょうか……?」

「決して間違いではございませぬ。……この絵を見てください」


 マーカスは、自身の横に置いてあった油絵を手に持ち、見せてきた。


 細い剣と銀色の盾。同じく銀色の鎧。ひるがえされる赤いマント。それらを身につけた勇者のような人物が、リアルなタッチで描かれていた。

 凛々しい表情で遠くを見つめるようなその人物の顔は——飛田優志の顔、そっくりそのままだったのである。

 飛田は、思わず無言になる。


「これは、【預言者ミーニャ】が50年前に描いた絵です。私どもが住まう、この【オトヨークとう】が再び【魔王】に支配されし時、魔王を倒し平和をもたらしてくれる“勇者ミオン”様が現れる……とミーニャ様は預言し……このミオン様の絵を描かれました」

「ふむ、確かに私の顔そっくりではありますが……」

「さあさ、こうしてはおれませぬ! 急いで支度なさってください!」


 本当に飛田優志が、“勇者ミオン”なのか——?

 それは不確かだが、どうやら事態は切迫しているらしい。

 今さら後戻りのしようもなく、飛田はマーカスと共に、出発の支度をした。


「マーカスさん、“生命の巨塔”とは一体?」


 マーカスからもらった布製の袋を肩にかけつつ、尋ねる。


「今、この【コハータ村】の住民は皆、原因不明の病に冒されております。それは、村の外れにそびえ立つ、はるか昔に建造された“生命の巨塔”が、【魔王軍】に破壊されたためです。勇者ミオン様の力で“生命の巨塔”を直せば、村民の病は治るはずです」

「なるほど。急ぎとのことですし、とりあえず、そこまで行ってみましょうか」


 マーカスは、少し声のトーンを低くする。


「村の外には、【魔物】がおります。魔物は本気で人を殺しにかかってきます。まずは、魔物と戦うための装備を買いに出かけましょう」

「殺しに……」


 マーカスの言葉に、飛田は顔を青くする。魔物がどんなものか想像もつかない。

 これから、いつ死ぬか分からない命懸けの旅が始まろうとしていることが、すぐには飲み込めないでいた。

 

 支度を済ませた飛田とマーカスは、玄関の扉を開け、ログハウス調の小屋を出る。


 自然が豊かな村、“コハータ村”——。

 小屋のような家がポツポツと立ち並ぶ。そのうちの3軒が武器屋、防具屋、道具屋らしい。

 人口は20人に満たないであろう、こぢんまりとした村だ。


「勇者ミオン様、【ゴールド】はお持ちで?」

ゴールド……ですか。それは一体……?」


 この世界“オトヨーク島”での通貨“ゴールド”など、飛田が持っているはずもない。


ゴールドをお持ちでない、と……。それは、さぞお困りでしょう……。では勇者ミオン様には私から300Gゴールドをお渡ししましょう」

「あ……ありがとうございます」


 渡されたのは、3枚の金貨。表面にも裏側にも、髭の生えた男性の顔が細やかに彫られている。1枚につき、100Gゴールドである。

 飛田が普段扱い慣れている硬貨に比べ大きく、ずしりと重さを感じるものだ。


 飛田とマーカスはまず、武器屋を訪れた。

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