2.病魔の一撃
「ぐ……」
脇腹を押さえ、息を殺す
それでも飛田は、救急車を呼ぶ、あるいは病院に行く、という決断を出来ないでいた。彼は医者に対して、否定的な印象を持っているからだ。
飛田が高熱を出して受診した時のこと——。担当した医師は、ずっとパソコンと睨めっこしながら無愛想に診断と薬の話をするだけ。
飛田が「このまま悪化したら怖いです」と伝えても、相変わらずパソコンを見ながら受け答えをするのみだった。
♢
「あー。このまま悪くなると肺炎とかも起こるかもしれへんねー」
「……そ、それはどのくらいの確率で起こるんですか……?」
「まー滅多にないけど、起こる時は起こる」
♢
最終的には何事もなく熱も下がり、事なきを得たのだが、病気に対する不安は色濃く飛田の心の中に刻印されたままだった。医者は、不安な心までは治してはくれない。
かくして、飛田はすっかり医者不信に陥ってしまったのだ。
飛田は現在37歳。体にガタが来始めてもおかしくない年齢だ。
飛田は最近まで、体力の限界まで仕事をする、睡眠時間は3時間弱、食事はインスタント食品ばかり、運動は全くしないという、病気の温床をしっかりと築くような生活ぶりだった。
ところが、飛田と同い年である友人の何人かが、突然倒れて入院し手術をしたり、あるいは高血圧や糖尿病の一生続けなければならない治療を始めていたりしていたことを飛田は知るのである。それにより、リアルに病気の恐怖を感じるようになった。
BMIも16以下と、ちょっと病的な痩せ方であることも、彼は気にしている。健康診断の総合判定もBからCになり、そろそろ気をつけなければならないと思い始めていたところだった。
そこにきて、脇腹の大激痛。飛田の不安と恐怖メーターは、振り切れていた。
「く……ふぅ……、はぁ、はぁ、ふうー……」
再び痛みが和らいでいったため、飛田は数秒ほどかけて息を吐き、気持ちを落ち着ける。
一旦、身体をベッドに横たえた。辛うじて手の届く場所にあったリモコンに手を伸ばし、暖房をオンにする。
次に立ち上がったら、また痛みが来るかも知れない。真冬なのに、服も布団も汗でぐっしょりと濡れていた。
(朝食ぐらいは、食べなければ……)
5分ほど横になってから、恐る恐る体を起こす。腹部をそっと触りながら、立ち上がる。
痛くない。大丈夫だ。ホッと息をつき、キッチンへと足を進める。
それでも、いつまた痛みが襲ってくるか分からないという恐怖心は拭えない。
自動湯沸かし機に水を入れ、インスタントラーメンの袋を破り麺を器に入れる。お湯を入れ、椅子に座り待つこと3分。
鏡に映った自身の顔にふと目をやる。頬はこけ、無精髭が生えている。目の下にはくっきりとクマが出来ていた。
それでも予想外にスムーズに動く体にようやくホッとした飛田が、出来上がったばかりのインスタントラーメンを口にした時だった。
左脇腹に、またも電撃が走る——。
箸を落っことす飛田。椅子から崩れ落ち、床に手をつく。今までの数倍以上の痛みが、早鐘のように打つ心臓の鼓動とシンクロし、左脇腹を駆け回った。
ポケットのスマホを手に取り、半ば無意識に“119”、通話ボタンを押す。どうにか名前と住所を伝えたが、その後飛田は冷たい床に伏せ、動けなくなってしまった。
「きこえますかー」
「飛田さーん」
「きこえますかー」
救急隊員の声が、遠退く。口が動かない。体が揺さぶられる感覚を最後に、飛田は完全に意識を失った。
「……勇者様、勇者様。さあ、“生命の巨塔”の修復のため、旅立つのです」
——夢で見た老人の声が、ボリュームを増していく。
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