わりとどうでもいい創作論

冬寂ましろ

第1話 文章の読み応えを増す「お弁当理論」



 本当に野暮で野暮で仕方ないんですが、ちょっと語っておこうかなと思いまして。

 なんかもったいないんですよ。あとちょっとここよくしたらもっといいのに、というネット小説をたくさん見てしまい。それが傾向なのか売れ筋なのか、わからないんですけど、私の中ではもったいなく。

 ただ各個別で指摘すると、それはもう野暮中の野暮だから、言うわけにはいかないのです……。誰か、わかってください、このジレンマ。


 基本的に、この手の話は、売れた人以外のは聞かなくて結構なところがあり、私もそんな気はするのですが……。一応文芸ではないにしろ、1冊の印税で1500万ほどいただいた経験はあり、編集者としても6年ほど経験あるので、多少は……。文芸じゃないけど。まあ、でも……。


 という話をすると、「冬寂、てめー、物書き本業のくせして、こんなくそっちぃ文章かよ」というそしりを受けそうで、ビビってますし、それを大上段にかまえる気もありません。ただ、本当に惜しいなっていう思いだけです。


 ちなみにいまは物書き専業ではないです。コンテンツ作るときのえらい人役が多いです。でも最近、私の書いた想いはとあるとこで世間に公開されていますね……。微妙な心。本業だと好き勝手作れないし。カクヨムとかは趣味です趣味。


 まあ、この連載のお話しは、お酒飲みながら読んでいただければ、ツマミ代わりにはなるかなと思います……。たぶん。




 さて。


 物語の進行や描写について、私がだいたい気を付けていたり、人の話を添削するときに見ているところがあります。読み手がそれをどう受け取るのか、どう思うのか、というところです。読者心理ともいいますし、最近だとナラティブという言葉を使っていたりしていますね。

 映画とかアニメとかだとわかりやすいですが、延々と同じ説明するような描写が続いたり「なんでこのセリフなのかわからない」「主人公の気持ちが変わるのはなぜ?」「最後に設定を早口で説明するなよ」というのが続くと、見ている人は飽きます。私たち作家は、できるだけお客さんを楽しんでもらい、なだめすかしたり怒らせたりしながら、先を読んでもらわないといけません。そうしないと伝えたいことを伝えられませんから。


 こんなとき私は「お弁当」をイメージしてます。伝えたい主題(テーゼ)をご飯とします。ご飯だけでは食べにくいですよね。食べれる人もいるけど。せめて梅干しは欲しい。


 やってみましょう。

 テーゼを「命はたいせつ」とします。命はたいせつです、なぜなら……という説明が続くとします。10ページぐらいで飽きますよね。そこで「いや大切じゃないよ。どうせぽこぽこ産まれるじゃん」という趣旨を1ページ目ぐらいで入れたとします。これが梅干しになります。梅干しだけでは皆さん受け入れがたいですよね。そこで梅干しをなんとかしてやろうと白米を食べます。「ぽこぽこ産まれるにしても、それを蹂躙する権利はないよ」とか「そもそも産むには命が必要だからたいせつじゃん」みたいな反論が出てきます。反論が出ればまた反論です。「権利ってなにさ」「機械化すればいいのでは」。こんなふうに、主題であるご飯を食べながら、また梅干しを食べる、その繰り返し。

 こうした掛け合いが「物語」となり、読み手に「ああそうだよな」とか「それはどうかな」とか、いろいろ考えを思わせる「仕掛け」になります。


 梅干し以外にも、もう少し食べやすいおかずがあるといいかもしれません。きんぴらでもシャケでもなんでもいいです。最近はやりの設定(悪役令嬢とか、ざまあとか)を「唐揚げ」として目立たせて、でも実際はご飯やほかのおかずを食べさせるというのもありです。


 ただ、あくまで「テーゼをおいしくいただくものとしてのおかず」であることを忘れてはいけません。梅干ししかないお弁当だと食べづらいですし、梅干しにショートケーキと白米、というのもね……。それが好きな人はいるでしょうけども。一応、一般論として。




 というわけで、まず文章をお弁当として考えています。

 ああ、もう、このあたりで離脱していそうな気がする……。

 もうちょっとだけ付き合ってください。




 もう少しミクロなお弁当を見てみましょう。


 水族館に恋人と行くシーン。翌日別れが控えているとします。ご飯としては「別れ」で、それを読み手にいかにしておいしくいただいてもらうか、というのが重要になるかと思います。

 普通に書けば、「水族館で待ち合わせした。楽しかった。翌日彼から連絡もらった。別れることになった」みたいな感じになるでしょう。ふたりの関係性と時系列な行動だけで、読み手としては「ああ、そうか」ぐらいで済んでしまいます。実に平坦。


 これをおいしく食べやすくするにはどうしたらいいでしょうか? ご飯は「別れる」なので「読み手に悲しく思って欲しい」とします。そういうときは「反対の感情」を持ち込みます。


 「楽しみでどきどきして眠れなかった。水族館に1時間早く着いた。彼と会えた。心配してくれた。手をつないでいろいろなお魚を一緒に見られた。楽しかった。翌日彼から連絡もらった。別れることになった」


 だいぶしつこく入れましたけれど、こんな感じで前のほうに「楽しい」というのを入れておくと、「別れる」でどっと悲しさが伝わります。読み手の感情の起伏が大きくなったと思います。




 こうしたシーンでよくあるのが「焦れる」です。たとえば「水族館に1時間早く着いた」をもう少し分解すると、「早く着いた。なかなか来ない。行列が出来てくる。ため息が出る。あ、やっと来た。なんだ、私、笑顔になっているじゃないか」みたいなよくある演出です。全体としてはポジティブだけど、前半にネガティブ要素を持たせることで、よりポジティブさが際立ちますね。


 こうするのを各所で連ねると読み手の感情は「うねり」を見せます。これを幾重にも重ねることで、読み手は満足感を得られるようになります。




 ここまでは、だいたいふたりの視点のお話しなので、うねらすのも限界があります。「心理描写」が必要です。私はそんなときはだいたい「天候」を使います。『明日のナージャ』の細田守演出回を「この青空のカットをここで出すのがすごいんだ」と、もともと天候での心理演出で評判がある本職の方と話していたら、だいたい必殺技として覚えました……。今でもとても感謝しています。


 空の色が青かったら人は開放的な気分になります。逆に雨空なら暗い気持ちになります。これは登場人物の感情表現として使えます。もう少し複雑にすると「雨」「言い争うカップル」「何もできない僕たち」というシーンのなか、誰かが明るく歌い出したらどうでしょうか? なんだか希望が出てきますよね。もしかしたらカップルが仲直りするかもしれない。何もできない僕たちも何かできるかもしれない。そんな感情を見た人に伝えます。登場人物の誰もそんなことを言わなくても。これ『アイの歌声を聴かせて』という映画の名シーンです。雨というのを効果的に使っていると思います。


 他にも建物や情景でそれを表したり、もう少し違う心理描写の積み重ね、ふたりの会話で表現していく、とか、いろいろな演出方法があります。

 こうした甘辛具合を全体的にどう思わせたいかで詰め込み、適宜省いたり加えたりします。それがお弁当になります。




 やってみましょう。

 水族館を例にして天候と風景を使ってみます。



―――――――――――――――――――――――――――

 水族館に来たのは幼稚園のとき以来だった。あの日と同じ感情をいまの私は持っていた。眠れないときに感じていたあの感情。

 早く来すぎていたのはわかっていた。それでも抑えられなかったから仕方がない。

 少しため息をつく。吐いた息が冬の寒空へと消えていく。

 あの当時の想い出に残っているピカピカとした水族館の建物は、いまはだいぶ寂れていた。私はそれを見ないようにしていた。

 スマホを何度も繰り返しいじっているうちに、ようやく彼がやってきた。

 その笑顔がちょっと憎らしい。でも、手をつないで色とりどりな魚を見ているうちに、そんな気持ちは消えていった。

 サンゴ礁をイメージした水槽の前で彼は言う。


 「いつかこんなお魚を南の海まで見に行こうよ」


 私は明かりにぼんやりと照らされる彼の笑顔を信じた。

 返事をする代わりに、繋いでいる手をぎゅっと握り返してみた。


 次の日に彼から電話をもらった。わからなかった。「別れよう」の一言が。

―――――――――――――――――――――――――――



 不穏なの大好きなので、こうしちゃいました。あとかなり冬寂さんの文章ですね、これ。私は文節短めにしてリズム出すのが好きなので……。倒置法も。

 それでも最初の平坦な文章よりは、だいぶぐっと来たかと思います。

 これ、本人の感情(楽しい、悲しい)をあまり書いていませんが、どのように思われたでしょうか? わかりづらいときもあるので、あんまりやらないのですけど、そういうのの一例ということで許してください。


 もしこれが本当に南の海にまで連れてくとしたら、この場で言うよりもうちょっと前に行ってて主人公が覚えてるとか、キャラクタの行動原理(何にトラウマがあるのか)で、また付けたり外したりします。彼が敵となる人なら、わざと主人公の魚嫌いを知ってて連れてく、とか、そうしたのが入ると、またちょっと変わると思います。


 たくさんの小説を、こうした視点で読んでいくと、実にいろいろな「食べさせ方」があるのがわかってきます。

 物語の中で、大小いろいろなお弁当ができているのですね。




 このあたりに気を配っていくと、「文章構成」という考えが生まれてきます。もし、そういう考えに初めてで、それを知りたかったなら『アルジャーノンに花束を』というSFがわかりやすいのでお勧めです。主人公の知的障碍者がある治療で健常者と変わらなくなり、研究者に恋をする、が……、みたいなお話しです。主人公視点でつづられる物語なのですが、冒頭はひらがなしかないたどたどしい文章から始まります。治療が進むと漢字が混じり、効いてきたことがわかります。内容も本当にうれしそうです。この主人公と同じ気分を読み手は味わえます。そして、そのあとに続く物語でも、とても感情移入してしまいます。


 この本のテーゼはネタばれになるので言えません(同性愛とか容姿コンプとかそうした悩みに普遍的なものかなと私は思う)。後半は主人公が苦悩する様子が語られるのですが、冒頭の構成が非常に良い「前菜」になっているので、ほどよく食べれるのです。本当にこのテーゼは苦いのですが、前菜のおかげで普通の人でも食べられます。それがヒットにつながりました。


 ほかにも、森見登美彦先生の『四畳半神話大系』だと、1話ごとに「時系列的には最初のところ」「それが何かのきっかけで別の物語が展開する」「最終話でそれが全部つながっていて感動する」というすごく面白い構成になっています。

 辻村深月先生の『かがみの孤城』も一見そういうのがないように見えるのですが、各キャラの会話によくできている構成が見られます。主人公以外に多数いるキャラクタ。書き分けがいるところですが、それを語尾とかに頼らず、そのキャラの思考とそれに基づく行動という一点で書き分けられています。本当に全部のキャラがそう。それがわかりやすいのです。辻村先生はキャラの書き分け、物語上でのキャラの会話の整理が非常にうまい方なので、とてもよく勉強させていただいています。




 もうひとつ例を出してみましょう。


 ここで拙作を出すのは卑怯なのですけど、以下はそのあたりの観点で作ってます。




『そして想いは隠される ―友達って顔してる残念女子高校生達5人の不安と恋とせつなさと―』

第3話 にゃっこ「そうだよ。私はお前の成れの果てだよ」

https://kakuyomu.jp/works/16816927862378866800/episodes/16816927862812764005




 まず話の中身を大きく分けると「女子高生のポジティブなわちゃわちゃ感」「同性愛に関するシリアスな内容」「それを乗り越えさせてくれる仲間や恋人」という3部構成を取っています。当初シリアスな内容で切ろうとしていたのですが、最後、どうしても読み手にいい気分になって欲しくてこうしました。おかげで1話1万字以上という、ネット小説としてはなんとも言えないものになりましたけれど……。お弁当としては三段重みたいなものですね。そこまでしても食べさせたい。


 そして「私は隠している」という一文で、場面転換をしています。アニメとかでもよくありますよね、こういう心理描写。もし映像化したらキャラが裸になって暗闇で独唱しているような。lainというアニメだとよく写る「電信柱」がこれにあたります。これは「次場面変わります」「次不穏な話です」というところから「続きを読みたくなる」というな読者心理を持たせたいためです。なにしろ三段重、ちょっと重たいのです。


 テーゼはなんだと言われると、「表面上は何でもないのに内側にあるドロっとした感情をあぶりだす」「それを持った人たちでも親友になれる」「人の絆と再生のお話し」というところです。この場合のおかずは「百合」「女子高生」「わちゃわちゃ感」があり、こうした文章構成やいくつかの仕掛けで感情の起伏を持たせて「食べやすくさせている」というところがあります。




 もう少しミクロなところだと、この話の中盤で、キャラのひとり「王子」が悩んでいる恋人「にゃっこ」の前で雨に打たれながら踊り出すシーンがあります。これはだいぶ印象的なシーンで、ミュージックビデオの1シーンにもでてきそうです。読んだ人はどう思うでしょうか。不穏。勇気づけられる。王子の性格がわかる。そんな様子を心配するにゃっこも気持ちもわかる……。


 これ、全部正解です。


 読者にこう思って欲しい、というのを詰め込んだらこうなりました。これを1個ずつ解説していたらたるいですよね。なので詰め込むのです。読み手の「それを読んだときの感情」を類推しながら全体的なシーンや言葉を組み立てていきます。ちなみに、このあたりはアニメや映画の演出論が参考になります。


 このシーン、まるで完全栄養食みたくぎゅっとしてますが、でもちょっとカレー味にしたので王子が読み手の印象に残るでしょ、というところで、次の話の主人公である王子に繋がります。一応こんなふうに考えているのです。


 こうした「お弁当としてどんなふうに読み手に食べさせたいか」を考えていくと、文章の演出やリズム感がだいぶよくなってきます。読み応えというものが変わるのです。




 さて。


 お弁当理論、どうでしたでしょうか?

 あれやこれや読者を楽しませるために、いろいろなおかずを用意したくなりましたよね。いろんな読み手さんもいるし、最近はこういうのが流行ってたり、怒られていたりする。だから……。


 そうして出来上がるのは「幕ノ内弁当」です。


 皆さんにお聞きしたいのですが、最近幕ノ内弁当食べましたか?


 私、よほどのことがないと食べません。だって面白くないじゃないですか。


 同じことが小説だったり、アニメ、映画、ゲームなどあらゆるコンテンツで、いま問題になっています。幕ノ内弁当になってしまうのは「怖い」からです。どうしても収益やPVといった指標を気にすると、そうなってしまうことが多いのです。

 でも、ヒットしたコンテンツというものには、幕の内弁当に見せかけて下に30年ものの梅干しが入っているような、そんな仕掛けが必ずあります。


 梅干しだけのお弁当でも、何の変哲のない幕の内弁当でも、よくありません。

 どうか「自分らしいお弁当」を作ってみてください。そうしたら誰かの心に刺さってくれるようになります。

 実践するときは、短編とか字数制限があるものでやると、とくに鍛えられます。


 それではよい作家ライフをー。




―――――――――――――――――――――――――――

 何かこれ知りたい、質問したいというのがありましたら、コメでも何でもご連絡ください。匿名のマシュマロでも受け付けています。


マシュマロ受付先:

https://marshmallow-qa.com/toujakumasiro


 とくになかったら、次は「面白くて目立つキャラをどう作り、どう転がすか」のお話しです。

 きまぐれで書いていきますので、よろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る