第7話 松木、衝撃を受ける

 恐ろしいことが起きた。

 落ち着いて聞いて欲しい。

 なんとシトザキとみーちゃんが電撃入籍した。

 もうシトザキの調子に乗りっぷりといったら酷い。世界一のモテ男ぐらいの調子である。もっとも47歳が19歳と結婚できたので、浮かれるのも仕方がないのかなあとも思うが、シトザキは日ごろの行いが悪いので、あいつが笑顔なだけでも腹が立つというものだ。


 ちなみに二人のなれそめも自身が吹聴してまわっているのだが、なんでもみーちゃんは職場でいじめられているらしい。それで相談に乗っているうちに盛り上がり、その勢いで婚姻届を出したらしい。みーちゃんは彼氏がいたので、略奪愛だそうだ。「そのへんの若い男なんて俺の魅力には勝てないんだ」だそうである。へえ~そうですか~。はっ(嘲笑)。


 みーちゃんがいじめられていたというのは初耳であるが、それがきっかけで彼氏と別れてまでシトザキと結婚するとは。大丈夫なの!? その男で本当に大丈夫なの!? という気持ちもあるが、まあ、みーちゃんがそれでいいのなら……部外者は何も言うまい。みーちゃんもだいぶアレな感じな子だというのもわかってきたし。案外お似合いかもしれない。



 だいぶアレな感じのみーちゃんは、シトザキ夫人にクラスチェンジして、より一層アレな感じがひどくなった。つまりポンコツ具合と暴言を吐くクセが悪化したのである。


 パート同士で「正社員はいいわよねえ。私たちパートと違ってさ」なんて話していると、「夫が社員だから、私はほかのパートと違うので」などと言ってくる。いや、あなたに言ってないんだけど。会話に割り込みスタイルのマウンティング、大変うざい。

 鴻上さんが長時間勤務のあとに「あいたたた」などと言いながら腰を叩いていると、「だらしない体型だと大変ですね。私は体重管理してるから腰痛とは無縁ですけど。スリムなほうがオシャレもできますしね」などと言う。

 大ベテランの山田さんにまで、「山田さんがミスしても怒らないでって、私、夫に言ってるんですよ」などとニコニコ言う。

 私に対しては「夫に色目いろめ使わないでくださいね」と釘をさしてきた。色目ってあんた……、そんな昭和な言葉どこで覚えてきたの。まあシトザキから聞いたんだろうな。


 怖い。シトザキ夫人、なんかもう怖い……。

 もう完全に調子にのりまくりなのである。




 ある日、シトザキ夫人が包装を失敗した。正確に言うと、定められた方法とは違うやり方で包装した。そのため、2000個用意しなければいけない商品のうち、100個ほどがやり直しとなった。

 シトザキ夫人はこの点について周囲から責められ、

「だって、私のやり方のほうが良いと思ったから」と言い張って、謝罪はしなかった。

「やり方を変更したほうがいいと思ったのなら、やる前に相談してほしかった。そうすれば、あなたのやり方にみんなが合わせることだってできたじゃないの。同じ物を2000個揃えないといけないのに、個人の判断でバラバラのものを作られたら困るんだよ」と山田さんが顔をしかめて叱ると、シトザキ夫人はむすっと黙り込んでしまい、返事をしなかった。

「なんか返事しなさいよ」

 山田さんにそう言われ、シトザキ夫人は山田さんを睨んだ。

「相談しろなんて簡単に言いますけど、私は怒られるのが怖くて相談できません。山田さんがもっと話しかけやすい人なら、私だって相談できます。報連相ができないのは上司の責任っていいますよね。私を怒らないで、部下が話しかけづらいご自分を反省してください」

「……そんだけ言いたい放題で、怖くて相談できないってどういうこと……」

「だいたい私の夫は社員なんですよ。私のやり方に一般のパートの人が合わせるべきだと思いますけど! 私のやり方をちゃんと見てなかった山田さんがいけないんじゃないですか」

 山田さんはため息をつくと、「そうねそうね、何もかも全部私のせいね~」と歌うように言った。私も鴻上さんもはらはらと事態を見守っていたが、当のシトザキ夫人は不機嫌を隠そうともせず、山田さんを睨み付けていた。

 その日はパート全員で残業し、どうにか納期に間に合わせることができた。シトザキ夫人も一応残業したが、大層不満そうであった。



 後日、今度は私がやらかした。包装紙を間違えてしまったのだ。ほんと申しわけない……。心の中で土下座である。私のミスで300個がやり直しとなった。当日納期の商品である。残業するしかない。皆で励まし合いながら頑張っていたら、シトザキ夫人が席を立った。

「もう時間なので帰ります」とおっしゃる。

 鴻上さんが「あんたも残ってやりなよ」と言うと、

「でも、私は歯医者の予約を入れているんです」と言い返した。

「私は歯医者に行ったらいけないんですか。私は歯の治療をする権利がないっていうんですか!?」

「そんなこと誰も言ってないじゃん」

「私は歯医者に行かないといけないのに、どうして行ったらダメなんですか」

 みんな呆れて言葉も出ない。

「予約をキャンセルしろだなんてひどい……」

 私が慌てて話に割って入った。

「そうじゃなくて、あなただって困ったときは皆に手伝ってもらったじゃないの。だから、もっと違う言い方をしたらどうかな? 歯医者の予約があるのなら帰っていいけど、でもそんな言い方をするのって、ちょっとあんまりだよ。そりゃ今回は私のせいで皆に迷惑かけてるから偉そうなことは言えないけど、でもあなただって前回ミスして皆を残業させたことがあるわけで……」

「私はミスしてません! もっと良い包装方法をしただけです」

「松木さん、鴻上さん、もういいから。奥様は歯医者に行っておいで」

 と山田さんが声をかけた。私と鴻上さんはあきらめの表情を浮かべて作業に戻った。シトザキ夫人は無言で帰っていった。


<つづく>

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